覚え書:「相模原事件が投げかけるもの:上 優生思想、連鎖する怖さ」、『朝日新聞』2016年08月25日(木)付。

Resize4281

        • -

相模原事件が投げかけるもの:上 優生思想、連鎖する怖さ
2016年8月25日 


障害者を虐殺したガス室が保存されている精神科病院=ドイツ・ハダマー(1998年撮影)
 相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件から26日で1カ月。「目標は重複障害者が安楽死できる世界」。容疑者が衆院議長あての手紙などに記したとされる言葉は、障害者の命と尊厳をないがしろにした過去の思想と政策を思い起こさせる。歴史を見つめ、事件が投げかけるものを考える。

 ヒトラーの思想が降りてきた――。容疑者は関係者にそう語ったという。ナチスドイツは、重い障害のある人を「価値なき生命」とみなし、「安楽死」計画(T4作戦)を遂行した。ガス室、薬物などで殺戮(さつりく)された犠牲者は最終的に20万人以上という。これに先立つ「遺伝病子孫予防法」で40万人が断種させられた。障害者の大量殺戮は、後にユダヤ人の大虐殺の原型になったとされている。

 「T4作戦のおぞましい思想が、70年以上の時空を超えてよみがえったようだ」。日本障害者協議会代表の藤井克徳さんは言う。

 視覚に障害のある藤井さんは昨年、ドイツ・ハダマーの精神科病院を訪ねた。障害者を殺戮したガス室跡が残る。現地の説明では、シャワーを浴びると言われて裸にされ、1回50人が同時に殺された。死亡後、金歯などが抜き取られたという。「労働能力で人間の価値に優劣をつけ強者だけを残そうという優生思想は、非障害者には無縁に思える。だが高齢者、病人と、弱者探しは連鎖する。これが優生思想の怖さだ」

 ■経済の混乱も背景

 ナチス安楽死問題に関する著書がある精神科医で精神医学史家の小俣和一郎さんは、T4作戦は多くの要因がからみあって実行された、と指摘する。

 小俣さんによれば、思想的には当時の法学者と精神科医の共著「価値なき生命の抹殺に関する規制の解除」(1920年)が影響を与えた。治療不能精神障害者らを「精神的死者」とし、安楽死は本人や関係者にとっての救済などと主張した。第1次世界大戦の敗戦によるドイツ経済の混乱と低迷も背景のひとつになった。障害者への出費削減が必要という宣伝がなされた。T4作戦では障害者殺戮による食糧費の節約額がわかる詳細な予測メモまで作成されたという。

 さらに医学界の事情として「犠牲者の脳などは研究に利用できるため、大学精神科も積極的に関与した」と小俣さんは話す。

 多くの医師、看護師らが加担した。昨年、ドイツ精神医学精神療法神経学会の企画展「ナチ時代の患者と障害者たち」が、日本精神神経学会総会にあわせ、大阪で開かれた。資料によると、鑑定人の医師は、候補者の登録カードを読み、本人に会うこともなく安楽死を決める「+」サインをした。

 ■各地にあった考え

 企画展実施に尽力した神奈川県立精神医療センターの岩井一正所長は自戒を込めて語る。「かつて『加わったのは患者思いの有能な医師』と聞き、ショックだった。主役はごく普通の医師だった。当時のドイツにいたら、自分も加担したのかも知れない」

 優生思想について、市野川容孝・東大教授(医療社会学)は「歴史的には、ナチス発祥でもナチス特有の考え方でもない」と話す。1883年にイギリスのF・ゴルトンが優生学を提唱。「良い資質」を持つ人が多く生まれ、「悪い資質」を持つ人は生まれないようにする、ことを目指す学問だ。アメリカ各州、スウェーデンなどでも1900〜30年代に断種法が成立。日本も48年、優生保護法が成立した。

 市野川教授は「優生思想という言葉は、日本では、生まれた後も含め、障害者の存在否定につながる考え方という意味で使われることも多い」と話す。

 (編集委員・清川卓史、長富由希子)
    −−「相模原事件が投げかけるもの:上 優生思想、連鎖する怖さ」、『朝日新聞』2016年08月25日(木)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12526847.html





Resize4254

Resize3359