覚え書:「政治断簡 憲法「票にならない」としても 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。
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「私、意外に無名でしたね」
政治団体「国民怒りの声」をつくり、7月の参院選比例区に立候補した憲法学者の小林節・慶応大名誉教授は、さばさばと振り返る。
比例区での得票は46万6千票。1議席を得た生活の党の106万票に遠く及ばず、当選はかなわなかった。
もともとは自民党のブレーンで9条改正論者だった小林氏が注目を集めたのは2013年春。安倍晋三首相が唱えた憲法改正要件を緩める96条改正論を、「裏口入学だ」と厳しく批判してからだ。
小林氏は、初めての改憲を改正のハードルを下げることから手をつけるおかしさを極めてわかりやすい言葉で突いた。やがて世論の反対も強まり、首相も96条改正論を封印せざるを得なくなった。
それからは全国各地の講演会に引っ張りだこになった。3年間で約200カ所。これが「学者としてでなく、政治家として国会で憲法を議論したい」と、参院選に打って出る思いにつながった。
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されど、選挙は甘くない。
復古的な自民党の改憲草案の危うさを訴える小林氏の街頭演説に、足を止める有権者はまばら。「声をかけてくるのは一部の憲法マニアだけ」とため息をついた。党首討論会にはお呼びがかからず、公示後はメディアにほとんど取り上げられなかったのも誤算だった。
「先生の講演を歓迎した人たちは、投票先が共産党や社民党に決まっている人たちなんですよ」。後でこうも聞かされた。
小林氏は憲法への国民の関心の低さに落胆したという。
一方、「憲法は票にはならない」というのは、現職の政治家の共通認識だ。
自民党のベテランは「有権者は憲法改正の必然性なんて感じていない。訴えても無駄」と話す。安全保障関連法は違憲だと唱える民進党の若手も、「雇用や経済を訴えなければ、とても選挙にはなりませんよ」。
憲法改正を望んでいても、選挙では争点にしないという首相の姿勢は、その当否は別として選挙戦略としては理にかなっていたようだ。
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この秋の国会から、衆参両院の憲法審査会での議論が新たな段階に入る。
首相はここを舞台に「いかにわが党の案をベースにしながら3分の2を構築していくか。これがまさに政治の技術だ」と、早期の改憲案の発議に意欲を示す。だが、この国の将来を左右する議論を、「技術」でまとめられてはたまらない。
安倍首相がいう「わが党の案」にしても、必ずしも自民党内で全面的な賛同を得ているわけではない。昨年5月の衆院憲法審査会では「理想的な案では決してないと思っている議員が少なからず党内にいることも、記録にとどめたい」と「わが党」の議員が訴えていた。
「票にはならない」のだとしても、立法府の一員であればそれぞれの憲法観を持っているはず。「3分の2」という数に埋もれずに、信念にそった論戦を見せてほしい。
−−「政治断簡 憲法「票にならない」としても 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12542645.html