覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むかこれまでの人生で訓練十分、凜として 水無田気流さん [文]水無田気流」、『朝日新聞』2016年12月11日(日)付。

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悩んで読むか、読んで悩むか
これまでの人生で訓練十分、凜として 水無田気流さん
[文]水無田気流  [掲載]2016年12月11日

70年生まれ。社会学者・詩人。『「居場所」のない男、「時間」がない女』など。
 
■相談 子育て一段落、1人で活動する勇気を
 子育て中は自分の気持ちを抑え、趣味や旅行なども子どものためになることを考えてきました。今はどこに行くにも夫と一緒。しかし、先日、1人で英国ロイヤル・バレエ団の来日公演に行き、さらに、美術館でモネやピカソの絵画にも触れ、私は私の人生を歩もうと思いました。1人で行動できる勇気の出る本はありませんか。いつかはヨーロッパへ行ってみたいのです。
 (札幌市、女性・63歳)

■今週は水無田気流さんが回答します
 ご自分の時間を、ご自分のために使う楽しみに目覚められたとのこと、素敵(すてき)ですね。一人で凜(りん)として行動するための心構えとしては、茨木のり子の詩集『倚(よ)りかからず』はいかがでしょうか。表題作は「もはや/できあいの思想には倚りかかりたくない」ではじまり、「じぶんの耳目/じぶんの二本足のみで立っていて/なに不都合のことやある/倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ」と結ばれる、静かで強い詩です。同詩集は旅や異郷への憧憬(しょうけい)がモチーフの作品が目立ちます。「木は旅が好き」は、「木は/いつも/憶(おも)っている/旅立つ日のことを/ひとつところに根をおろし/身動きならず立ちながら」と始まるこの詩で、木は花を咲かせ、種を鳥に啄(ついば)ませ、運ばせる姿を描くのですが、まるでその場に留(とど)まりながら生命を育み、子どもたちを見送るだけではなく、本当は自身も旅立ちを夢見ている女性の姿のようでもあります。
 もっとスカッとしたいのであれば、ドロシー・ギルマンの推理小説ミセス・ポリファックス・シリーズ(柳沢由実子訳、集英社文庫、品切れ)がお薦めです。孫もいるヒロインは、夫に先立たれた平凡で善良な主婦です。初巻『おばちゃまは飛び入りスパイ』で、医師に「身体は健康だがうつの傾向が見られるので、昔からやってみたかったことに挑戦すれば」と勧められ、「そうだ、私は子どものころスパイになりたかったんだ!」とCIAに志願。その平凡さが好まれて何と採用されます。奇抜な設定にリアリティーを持たせているのは、彼女のこれまでの人生です。考えてみれば、常に周囲に細かい気配りをし相手の出方を読む……という「普通の主婦」の日常は、スパイの訓練みたいですよね。シリーズが進むにつれ彼女は立派なスパイに成長し、メキシコ、イスタンブール、東欧、サファリ、アルペンシチリア等々、世界中を駆け回ります。チャーミングで天真爛漫(てんしんらんまん)なミセス・ポリファックスになった気分で、ヨーロッパ旅行に出るのはいかがでしょうか。どうぞ、良い旅を!
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 次回の回答者は俳優の石田純一さんです。
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 ■悩み募集
住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.com。採用者には図書カード2000円分を差し上げます。
    −−「悩んで読むか、読んで悩むかこれまでの人生で訓練十分、凜として 水無田気流さん [文]水無田気流」、『朝日新聞』2016年12月11日(日)付。

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