覚え書:「重国籍から見える「今」 二国の法律守る「不可能でない」」、『朝日新聞』2016年09月20日(火)付。

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重国籍から見える「今」 二国の法律守る「不可能でない」
2016年9月20日

 民進党の新代表に選ばれた蓮舫氏が二つの国籍を持っていたことに批判が上がったことで、「国籍」への関心が高まっている。従来あまり意識されてこなかったテーマが、政治家の資質という論点で浮上してきた形だ。国籍を考えることで、どのような「今」が見えてくるのだろう。

 国際社会学者の佐々木てる・青森公立大准ログイン前の続き教授は、日本と米国の二つの国籍を持つ。しかし、そのことを自分で確認したのは40歳を過ぎてからだ。

 両親は日本人で、米国滞在中に佐々木さんが生まれた。米国は国内で生まれた人に国籍を与えるため、「もしかしてパスポートがとれるかもと思い米国大使館に行ったら、本当に発行されて驚きました」。

 国内で生まれた人に国籍を与える出生地主義の国がある一方、日本のように親が日本人なら国籍を与える血統主義の国もある。「各国に主権があり、それぞれに国籍の制度があるため、はざまで重国籍や無国籍が生まれます」

 世界には重国籍を持つことを認める国とそうでない国がある。日本はどうか。

 「国籍は一人に一つであるべきだ、という発想が強く残っている国です」。国籍問題に詳しい近藤敦・名城大教授(憲法)はそう指摘する。「今では欧米を中心に世界の半分ぐらいの国々が、法的に重国籍を容認しています」

 日本の国籍法は対照的に、外国籍を持ちながら日本国籍を取得しようとする人に対して、どちらか一方を「選択」するよう迫る規定になっている。

 実は世界でも、第2次世界大戦以前は「国籍は一つであるべきだ」との考えが主流だった。その発想はどこから来たのか。

 「君主制の名残でしょう。二人の君主に仕えることはありえないという問題で、『忠誠の衝突』と呼ばれた。戦前は日本でも国民は『天皇の臣民』でした」

 だが大戦後、現代的な民主国家が増えた。「君主ではなく、法を守ることが国家への忠誠になったのです。二つの国の憲法や法律を守ることは、必ずしも不可能ではありません」

 人々の国際移動や国際結婚が増え、人権擁護が重視されるようになったことも重国籍容認を促した。「二つのルーツを持って生まれた子に片方だけを選ばせるのは酷だ、という感覚が一例です。個人のアイデンティティーという点でも多元性が大事になっています」

 近藤さんによれば、1997年に欧州評議会が定めた欧州国籍条約は、(1)生まれながらの重国籍者に国籍選択を要求しないこと(2)重国籍者に単一国籍者と平等な権利を認めること、を加盟国に義務づけている。

 では、日本で「国籍は一つ」という考えが今なお根強いのはなぜなのか。

 「戦後に台頭してきた『日本は単一民族からなる国だ』という神話が背景にあるのかもしれません。欧州と違って東アジアでは冷戦対立の構造がまだ残っていることも、『他国籍の人間は敵だ』とのイメージを強めているのでしょう」

 11月に本選を迎える米大統領選。共和党の指名を争ったテッド・クルーズ氏はカナダ国籍(市民権)を持つことを問題視され、2014年にそれを放棄した。

 「米国で二重国籍は法的に認められているが、大統領ともなれば、合衆国への忠誠心を疑われる理由になりかねなかった」と西崎文子・東京大教授(米国政治外交史)は分析する。

 また、オバマ大統領はハワイ生まれだが、過去2度の選挙で「米国生まれでない」との説を流され、出生証明書を公表する事態になった。「黒人だ、異質だという人種主義的な偏見を広めようとする運動でした」

 両氏のケースとも、攻撃する運動の中心にはドナルド・トランプ氏がいた。

 米国では国籍(市民権)には、生来の基本的人権が奪われないように国が保障する、という意味合いがある。そして建国の原点には「誰でも米国人になれるという包容力のあるフィクション」(西崎さん)が息づき、異質な新参者と共存しようとする力と、排除しようとする力の両方が働く。「『誰が米国人になれるか』をめぐる議論を繰り返し、絶えず原点を確認しようとしてきた。それが米国の歴史です」

 日本でも複数の国籍を持ち国境を越えて活躍する人が増えた一方で、政治でも経済でも「国」の存在は依然大きい。五輪やパラリンピックでは多くの人が日本人選手を応援する。「国のリーダーが他国の国民でもある事態などあり得ないと感じるのが普通なのかもしれない」と、日米両国籍を持つ佐々木てるさんは語り、こう付け加えた。

 「両方の国を大事に思えばこそ、両国が戦争にならないよう平和な関係を築こうとする可能性もある。これからの国際社会を考えれば、重国籍というだけでリーダーとして不適格だとみなすのはそぐわない。多様なルーツを持つ人材として活用する選択もありえるのではないか」

 (高重治香、編集委員塩倉裕
    −−「重国籍から見える「今」 二国の法律守る「不可能でない」」、『朝日新聞』2016年09月20日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12567908.html

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