覚え書:「売れてる本 ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン(上・下) [著]ピーター・トライアス [訳]中原尚哉 [文]阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)」、『朝日新聞』2016年12月25日(日)付。

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売れてる本
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン(上・下) [著]ピーター・トライアス [訳]中原尚哉
[文]阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)  [掲載]2016年12月25日
 
■肉感ちりばめた歴史改変SF

 第2次大戦で枢軸国が勝利、戦後、米国東部をナチスドイツが、西部を大日本帝国が統治したら−−という歴史改変SF。踏襲されているのはP・K・ディックの同設定の傑作『高い城の男』だが、現在のJカルチャーに親しむ韓国系アメリカ人による『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン(以下、USJ)』では、物語が軽々と驀進(ばくしん)する。漢字の日本人名が登場するほか、エヴァンゲリオンや押井アニメへの目配りにも日本人読者は狂喜するだろう。
 『高い城の男』の作中では、連合国が勝利したとする仮想小説『イナゴ身重く横たわる』がひそかに流布している。『USJ』なら日本が負けたと歴史認識を変える危険なゲーム「USA」が焦点となる。一体誰がプログラミングしたのか。ミステリーが始まる。
 主人公・日系アメリカ人の石村は、アメリカに感情移入しやすいゲームで不穏な選択をしたゲーマーを検閲している。身分は大尉、処刑の斬首ができなかった臆病者としてまず描かれる。その彼が両親を反日分子として少年期に告発した本当の経緯が巻末で静かに明かされる。
 複数の女性キャラが作品を躍動させてもいる。わけても日帝に熱誠を誓いつつも、石村とともに日本の将軍の深謀に迫る特高課員・槻野(つきの)昭子。ゲーム世界がバグで壊滅するのみならず、彼女の肉体も砕ける。拷問で蟻(あり)に腕を食われた彼女は、ガンアーム装着に至る。「統合処理はまるで関節をハンマーで叩(たた)かれるようだった」「ケーブルが干魃(かんばつ)にみまわれた大地のひび割れのようにジグザグに皮下を這(は)う。脂肪と皮膚が接合部を包みこむ。無数の針が侵入して、皮膚が破裂しそうだ」
 書き写してわかる。これが『USJ』の肉感だと。尊厳、殺傷にかかわる哲学的箴言(しんげん)が数多くちりばめられ、各所が痛む。同時に、東洋的キッチュや巨大ロボットが満艦飾になるユーモアも滲(にじ)む。興奮のハイブリッド(混血)小説だ。
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 ハヤカワ文庫SF・各756円=各7刷4万4千部
 16年10月刊行。巨大ロボットのカバーで発売前から話題に。「日本マニアの著者が描いた日本像にリアルさがある」と担当編集者。
    −−「売れてる本 ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン(上・下) [著]ピーター・トライアス [訳]中原尚哉 [文]阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)」、『朝日新聞』2016年12月25日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016122500001.html


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