覚え書:「科学の扉 津波避難に科学の技 渋滞防止へ、最適ルートに誘導」、『朝日新聞』2016年10月2日(日)付。

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科学の扉 津波避難に科学の技 渋滞防止へ、最適ルートに誘導
2016年10月2日

 地震という前触れを伴う津波は、住民が自主的に避難できる可能性が高い災害だ。だが、東日本大震災は1万4千を超す命を飲み込んだ。避難を妨げるのは何か。障壁を取り払う科学の取り組みが始まっている。

 あの日、避難を急ぐ多くの自動車が渋滞につかまり津波に襲われた。着実に高台に近づける徒歩に比べ、車での避難は危険が伴う。浮き彫りになった課題を踏まえ、国は2011年12月、防災基本計画に「原則徒歩」を明記した。

 だが、避難できる高台が遠すぎて、車でしか逃げられない場合もある。緊急事態で徒歩の原則を忘れる人も出かねない。そこで東北大の奥村誠教授は、街の交通網の効率化に使われる交通工学を応用。車を速やかに逃げられる経路に導く研究を進めている。

 避難経路に必要なのは、津波が来る場所で極力渋滞しないこと。避難場所への最短ルートでも、道が細くて海の近くで渋滞すれば危ない。遠回りでも早く海から離れることが条件だ。

 地震で信号が停電する恐れもある。車を最適なルートに導くため、交差点ごとに進むべき方向を掲示しておく対策を想定した。

 奥村さんはこれらの条件をもとに、宮城県亘理町沿岸で住民約3400人が車で避難する場合を分析した。地域の各道路が1分間で何台の車を通せるかなどの情報を使い、被害が最少になる最適ルートを計算で割り出した。

 その結果、全員が最短ルートで避難場所を目指すと約200人が被害者になるが、遠回りの最適ルートでは約30人に減らせると分かった。加えて、信号機を蓄電池などで改良して適切な誘導を行う想定に変えると、被害は半減した。

 奥村さんの計算では、今の道路では被害者をゼロにはできないが、この手法で「どこに道路を新設すれば全員助かるかも分かる」と言う。実用化に協力してくれる企業を探している。

 ■タワー適地算出

 避難施設の立地をシミュレーションで探る実践研究も進む。群馬大の片田敏孝教授は13年、東南海地震震源に近い三重県尾鷲市の中心部で、津波避難タワーの候補地を検討した。

 住民は自宅に近くて標高が高い避難場所を目指すとし、年齢別の歩く速度も設定。中心部の全住民1万6千人の行動を計算した。実在の避難施設に加えて仮想のタワーを置き、その位置ごとに被害がどれだけ減るかを求めた。

 その結果、被害者を100人減らせるタワーの適地が見つかった。逆に、タワーが海に近い場合などは被害が増えることも判明。高台に向かえば助かる人が、タワーを目指して低い場所を移動する間に被害に遭う。海岸付近の住民が近所にタワー設置を求めた場合、「自治体が要望通りに応じると、かえって危険ということが分かる結果だ」と片田さんは話す。

 震災後、避難シミュレーションの実施は増えた。だが、「避難者が設定通りの速度で動かないなど、初歩的なミスも存在する」と東京大の堀宗朗教授は指摘する。日本地震工学会は昨年、堀さんを中心にシミュレーションの品質を点検するマニュアルを作成。信頼性の向上に努めている。

 ■意識向上効果も

 実は、尾鷲市はまだタワーを建てていない。「注意報が出ても逃げない人が多く、意識向上が優先」と担当者は言う。

 住民の意識を深めるため、個人の視点を重視した試みもある。

 京都大の矢守克也教授は13年、高知県黒潮町の約250世帯が住む万行地区で、一人ひとりがどこに逃げたいかなどを聞いた結果をもとにシミュレーションした。「正確性が増す上、身近な地域で行うので住民が結果を我がこととして捉えやすい」と言う。

 集落から山に逃げる人が、地震発生後10分以内にある橋を通過できない場合、集落のタワーに戻れば助かる、などの結果は住民に提供された。避難訓練でも活用され、訓練で気づいた課題を次の訓練で検証する循環も出来た。

 黒潮町は12年に国が作った想定で、最大34メートルの津波が襲うとされた。当時は「逃げても無駄」という人も多かったが、前向きな人が増えたという。地区の取り組みに参加した竹下操子さん(86)は「助かるかもと思えた」と話す。

 矢守教授は「政策作りに使う鳥瞰図(ちょうかんず)的な状況整理も重要だが、住民には自分がどう対処すべきかが分かりづらい。個人視点の情報提供は今後、より重要になる」と話した。(長野剛)

 <避難先、携帯メールで> 津波注意報や警報が出た際、個人の携帯電話にメールで最寄りの避難場所を伝える試みが始まっている。企業や研究者でつくるNPO法人リアルタイム地震・防災情報利用協議会の緊急津波避難情報システムだ。

 システムは携帯電話の位置情報を利用。注意報や警報をもとに津波に襲われる恐れのある地域を割り出し、地域内の人にメールを送る。

 これまで、岩手や宮城県内などで試験運用してきた。企業や自治体、学校が要請すれば、その地域での実施に応じる。問い合わせ先は同協議会(03−5829−6368)。

 ◇「科学の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「西之島の生態系」の予定です。ご意見、ご要望はkagaku@asahi.comメールするへ。
    −−「科学の扉 津波避難に科学の技 渋滞防止へ、最適ルートに誘導」、『朝日新聞』2016年10月2日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12587878.html





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