覚え書:「沈黙法廷 佐々木譲 著」、『東京新聞』2017年01月15日(日)付。

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沈黙法廷 佐々木譲 著  

2017年1月15日
 
◆運命に抗う被告らの闘い
[評者]杉江松恋=文芸評論家
 佐々木譲『沈黙法廷』は、人が同じ人を裁くということの重みと、そこから生まれる軋(きし)みとを十二分に書き尽くした力作である。
 東京都北区の赤羽署に事件の通報があった。一人暮らしの馬場幸太郎という男性が絞殺体で発見されたのだ。赤羽署の刑事である伊室真治は、警視庁から派遣されてきた鳥飼達也と組んで事件を担当する。付近住民によると、被害者宅にはときおり若い女性が出入りしていたという。そのうちの一人・山本美紀は、個人営業の家事代行業者だった。やがて、奇妙な符合が判明する。山本美紀が過去に訪問していた家で今回と同じような変死事件が起きていたのである。捜査陣は色めき立つ。
 所轄刑事の視点からじっくりと捜査過程が描かれていくのが前半部の醍醐味(だいごみ)だ。これに、後に事件を担当することになる弁護士・矢田部完と、山本美紀を別の立場で知る青年・高見沢弘志の視点が加わる。その三者が合流するとき、物語の舞台は裁判員裁判の法廷へと移行する。そこでは被告の人生が徹底的に洗い出されることになるのである。一点に向けて網を絞っていく警察小説の興奮と、事件に関係したすべての事象についての確からしさが入念に検討される法廷小説の臨場感とが一冊の中に詰め込まれている。
 読者は前半部で、ある人物が容疑者に仕立てられていく過程を目の当たりにし、それがあまりに簡単に行われることに戦慄(せんりつ)するだろう。警察の持つ巨大な力がどれほど簡単に個人の運命を狂わせるのかということを佐々木は現実感のある展開で書き込んでいく。それを覆すための闘いが描かれるのが後半部だ。見込み捜査の恐怖、印象だけで誰かを有罪だと決めつけることの愚かさを、じっくり感じてもらいたい。
 容疑をかけられた人物は言う。「貧乏であることは、犯罪ですか?」と。一度そこに搦(から)め捕られたら脱出が難しい、現代の貧困が背景に存在する。誰もがこの事件の被告になりうるのだ。
(新潮社・2268円)
<ささき・じょう> 1950年生まれ。作家。著書『武揚伝』『警官の血』など。
◆もう1冊 
 飯島裕子著『ルポ 貧困女子』(岩波新書)。非正規社員として働く若年独身女性らに寄り添い、困難を抱えて生きる姿を描く。
    −−「沈黙法廷 佐々木譲 著」、『東京新聞』2017年01月15日(日)付。

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