覚え書:「ウインドアイ [著]ブライアン・エヴンソン [評者]大竹昭子(作家)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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ウインドアイ [著]ブライアン・エヴンソン
[評者]大竹昭子(作家)  [掲載]2017年02月05日   [ジャンル]文芸 人文 

■謎めいた人間の真実を凝視

 体を一つの容(い)れ物とみなすなら、そこに収まっている器官や心は私の持ち物であり、それを扱う主人は自分であると思って私たちは日々を生きている。
 だが生体としての人間はそうした認識を超えた、謎めいた存在だ。肉体的な危機や精神の不安が高まれば容れ物から主人が漏れ出したり、主人以外の者が声をあげて主張したりする。いや、それほど極端なケースでなくとも、松葉杖を使い、片目に眼帯をしただけで心身と外界との関係ががらりと変わることを私たちは経験として知っている。そうした人間の真実を、様々な設定のもとに凝視した二十五の短編だ。
 妹と遊ぶうちに外から家を見ると窓の数が内側からよりひとつ多いことを知った少年、テレビの音声と映像が調整不可能な状態にズレているのに気付いた女、ガムの紙やポスターの切れ端にある言葉の断片を収集し、そこに隠された意味を見いだそうとする男。そもそも自分に妹はいたのかという内なる声に惑わされつつ、突然、姿を消した妹を探しつづける男……。
 どの物語も解決をみることはない。認識不可能な世界の側に行ったきり、もどらない。推理小説の構想を考えるだけで決して書き出さない男が主人公の「知」は、その意味で全体を象徴する作品と言えるだろう。彼の関心は事件の解決ではなく、事件が「登場人物たちについて何を語っているか」にある。自分の認識体系内では事件が解決したかにみえても、それは人間の真実を明るみに出すことにはならない。ゆえに推理小説というジャンルは彼の欲求を満たさないのだ。
 つまるところ、私たちはみな「完全に自分ではないもののまったく他者というわけでもない何者かに雇われた、孤独な、出来損ないの探偵」なのだ。
 そうやって世界の謎にむき合い放浪するのが生きることであるなら、闇雲(やみくも)にがんばるよりも自分を距離をもって観察したい。
    ◇
 Brian Evenson 66年米国生まれ。「ウインドアイ」などでO・ヘンリー賞を3度受賞。著書に『遁走状態』など。
    −−「ウインドアイ [著]ブライアン・エヴンソン [評者]大竹昭子(作家)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2017020500010.html








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