覚え書:「書評:思想戦 大日本帝国のプロパガンダ バラク・クシュナー 著」、『東京新聞』2017年02月26日(日)付。

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思想戦 大日本帝国プロパガンダ バラク・クシュナー 著

2017年2月26日
 
◆国内外で続いた宣伝効果
[評者]佐藤卓己=京都大教授
 もっぱら国内向けに書かれる昭和史本が多い。その視野狭窄(しやきょうさく)を矯正してくれる快著だ。著者はナチ占領下フランスの映画史で卒論を書き、現在はイギリスで東アジア史を講じるアメリカ人研究者である。そのグローバルな視座から、戦時宣伝のリアルが浮上する。
 「戦時下日本の対外宣伝は効果が乏しかった」とする常識を評者も疑ってはいなかった。真珠湾攻撃以後の日米戦争に限っていえば、そうかもしれない。だが、それは中国や東南アジアでどう受容されたのか、日本の戦後復興にどれほど寄与したか、と時空を拡大してみると「ナチスを凌(しの)ぐプロパガンダ」の威力が確認できる。そうした宣伝の効果なくして、「十五年間にわたり安定して戦争を支持し続けた」国民意識は理解できない。日本にはヒトラーやムソリーニのような独裁者もいなかったが、独伊で発生した規模の抵抗運動も存在しなかった。
 日本国民は「近代アジアのリーダー」という自己PRに積極的に参加し、戦争を主体的に選び取り、その延長上に戦後の経済成長を達成したのだという。戦後も活躍した広告技術者、知識人、芸能人、官僚の歩みを丹念に検証し、「前向き」の戦時宣伝に「成功した失敗」という秀逸な表現を与えている。戦時下でも世論調査は行われており、警察当局も民意の動向を注視していた。東条内閣退陣でも世論の影響は無視できない。だとすれば、一般大衆も「大本営発表に騙(だま)された被害者」として免責されるはずはない。
 第五章「三つ巴(どもえ)の攻防」が特に興味深かった。日本の宣伝は中国人には効果なく失敗だったいうのが通説だが、それなりの影響力はあったようだ。さもなくば広大な占領地の維持は困難だった。他方で、中国やアメリカが日本人捕虜を宣伝に活用したの対して、日本は中国人捕虜を宣伝で利用することはなかった。民族的偏見を助長した「近代アジアのリーダー」という宣伝パラダイムは今日に続く問題である。
(井形彬訳、明石書店・3996円)
<Barak Kushner> 英国ケンブリッジ大アジア・中東研究科准教授。
◆もう1冊
 井上祐子著『越境する近代7 戦時グラフ雑誌の宣伝戦』(青弓社)。「太陽」など戦時下のグラフ誌から報道と宣伝の実相を探る。
    −−「書評:思想戦 大日本帝国プロパガンダ バラク・クシュナー 著」、『東京新聞』2017年02月26日(日)付。

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