覚え書:「売れてる本 老いへの「ケジメ」 [著]斎藤茂太 [文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2017年03月19日(日)付。

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売れてる本
老いへの「ケジメ」 [著]斎藤茂太
[文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)  [掲載]2017年03月19日

■晩年の「お手本」を求めて

 高齢者に向けて、老後の生き方を指南する本が目立つようになった。本書もそのひとつで、2006年に逝去した著名な精神科医の生前の本をまとめ直したものである。すっきりと気持ちよく過ごすためには、先手を打って心身をともに整理していくことが必要だと著者は説く。大晦日(おおみそか)にあわてて大掃除をするのでは間に合わないかもしれないから、ふだんから部屋の中をきちんと片づけておこうという。不要な家財道具は捨てて、家族に遺(のこ)す財産もほどほどに、形見分けは生きているうちに、気になる人にはさりげなくあいさつを、といったごく真っ当な論が展開されている。
 こうした本が多く読まれるようになったのは、必ずしも高齢者が増えたからばかりではないだろう。背景には、「老後」のありかたの時代変化がある。昭和のころは、人は正社員として企業で働き、定年退職し、退職金と年金で老後の生計を立て、子や孫に囲まれて安楽な日々を送るというのが理想だった。加えて年長者の経験や意見は、社会の中でそれなりに尊重されていた。
 ところが近代の終焉(しゅうえん)と高齢化社会の訪れというダブルパンチで、高齢者の古い経験は以前ほど敬われなくなり、高齢者の数も激増した。「老後」は幸せな晩年ではなく、不安で不透明な未来へとイメージを変えつつある。そういう状況では、どのように人は老いて成熟すれば良いのかが明確ではなくなってしまう。「老後」の良きロールモデルが喪(うしな)われたのだ。だから高齢者は、手本を求めて生き方指南本に手を伸ばす。
 これは社会人の良きお手本が身近な場所で見つけにくくなった結果、若者やビジネスマンの間で自己啓発本が読まれるようになったのと、きわめて似た現象だと言える。実際、本書の身辺整理の哲学はこの分野で人気の「そうじ」ものやミニマリスト本に通じるものがある。老いも若きも、自己啓発の時代なのだ。
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 新講社ワイド新書・1080円=13刷12万部
15年6月刊。97年の元本を11年に改題・再編集し、それをさらに改題・再編集したのが本書。毎日のように読者から熱い感想が届くという。
    −−「売れてる本 老いへの「ケジメ」 [著]斎藤茂太 [文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2017年03月19日(日)付。

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