覚え書:「書評:世界と僕のあいだに タナハシ・コーツ 著」、『東京新聞』2017年3月12日(日)付。

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世界と僕のあいだに タナハシ・コーツ 著

2017年3月12日
 
◆闘って生きる父の指南書
[評者]ダースレイダー=ラッパー
 アメリカのラッパー、エド・O・Gに「Be a father to your child」という曲があります。これは子供の認知を拒む父親へのメッセージソングです。その中で彼は「子供が人生に喜びをもたらすという事実を否定したがる奴(やつ)が多すぎる」と歌っています。この曲の背景には、アメリカで若い黒人が父親になること、子供を育てることの難しさがあります。ここで僕は“黒人”という言葉を使っていますが、そもそも“黒人”とはなんであるのか?
 二〇一五年度の全米図書賞を受賞してベストセラーとなった本書は、米国で黒人として生まれ育った父から息子への長い手紙です。モノを持っていることを誇示する黒人の姿勢、選択を一つ間違えるだけで制裁を加えられるストリートの掟(おきて)、クルー同士の縄張り争い、黒人の肉体に暴力を加える口実としての法律、日常的に奪われる命、そうした現実を子に教えるための親たちの厳しい躾(しつけ)。ここで語られているのは、今まで多くのヒップホップの曲で歌われてきたことです。
 著者が描く思い出のシーンの中でもヒップホップが鳴っています。アメリカの現実、自分たちが白人であると信じる人たちが少数派の犠牲の上に築き上げた「ドリーム」とどう闘うのか。この闘いの指南書のサウンドトラックがヒップホップなのです。著者は、多くの黒人が拠(よ)り所とする宗教すらも欺瞞(ぎまん)の構造の一部として切り捨てます。自分の肉体を奪われないために。
 僕は七歳の娘と外を歩くときは手をつなぎ、走る車に気を付けます。でも、コーツ氏やその父母、祖父母にとって、子供の手を離す意味はかなり異なります。彼らがアメリカに住む“黒人”だからです。
 本書では冷静に、力強く、愛情と怒りと悲しみを込めて、その意味が語られます。トランプ政権になり、ますますクローズアップされるであろうアメリカ社会の、成り立ちから今に至る鋭い考察は必読です。
(池田年穂訳、慶応義塾大学出版会・2592円)
<Ta−Nehisi Coates> 1975年生まれ。米国の作家・ジャーナリスト・教育者。
◆もう1冊 
 『完訳 マルコムX自伝』(上)(下)(濱本武雄訳・中公文庫)。米国の黒人解放運動指導者マルコムX(一九二五〜六五年)の自叙伝。
    −−「書評:世界と僕のあいだに タナハシ・コーツ 著」、『東京新聞』2017年3月12日(日)付。

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