覚え書:「特集ワイド 「土人発言」かばう空気の正体 「沖縄差別」の構造、覆い隠す安倍政権」、『毎日新聞』2016年12月05日(月)付。

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特集ワイド

土人発言」かばう空気の正体 「沖縄差別」の構造、覆い隠す安倍政権

毎日新聞2016年12月5日

 暴言の背後に差別意識があったと認めることが、そんなに難しいことなのか−−。沖縄の米軍施設工事に反対する市民に、現地派遣された大阪府警の警察官が「ぼけ、土人が」と罵倒したことに対する安倍晋三政権の対応のことだ。閣僚や政府答弁は「差別と断定できない」と繰り返す。どこか差別を容認するかのような空気ではないか。この社会の深層に何があるのだろう。【吉井理記】

 まずは別表を見てほしい。「土人発言」を巡る閣僚発言や閣議決定の要旨だ。鶴保庸介沖縄・北方担当相に至っては言論の自由などを理由に、差別と認めることへの拒否感をあらわにした。政府答弁は、要約すれば、公権力を行使する警察官として市民に高圧的な態度を取ったことが「許すまじきこと」というニュアンスで、差別かどうか、人権侵害かどうかという問題の核心には踏み込まない立場だ。

 「鶴保担当相らの発言は、一昔前なら罷免や辞任ものです」。沖縄選出の参院議員、糸数慶子さん(69)=無所属=は永田町の議員会館で、あきれ果てたように指摘した。「なのに、永田町ではさして問題にならないどころか、同じ見解が閣議決定された。日本は一体どういう国なのかと思わざるを得ません」

 発言をかばうかのような言動は、一部メディアや言論人からも相次いだ。「(30年以上前は)普通に使った言葉」(週刊ポスト11月18日号)▽「(差別とするのは)安直な言葉狩り言論弾圧を招きかねない危険な発想」(11月17日付産経新聞論説委員コラム)▽「反対派の連中もひどい言葉を吐いている」(10月19日、作家・百田尚樹氏の「ツイッター」での投稿)−−。

 糸数さんの声に、もう少し耳を傾けよう。話は1972年の祖国復帰までさかのぼる。「私は復帰に期待していたんです。信号無視の米兵の車に中学生がひき殺されても米兵は無罪放免。パラシュート投下された米軍の機材の下敷きになって小学生が死ぬ。私の青春時代はそんなことばかりです。復帰すれば悲惨で理不尽なことはなくなる、基地もなくなり、日本国憲法下で人権は守られる、と……」

 復帰の年に生まれた長女には「未来への希望」を託し、「未希」と名付けた。「それがどうでしょう。今も基地が集中し、悲惨な事件も後を絶たない。その揚げ句が『土人』です。孫たちに『ドジンってなーに?』と聞かれるんです、私」

 「土人」と聞いて、ある詩人を思い出した。沖縄出身の山之口貘(やまのくちばく)(03〜63年)。「不沈母艦沖縄」「沖縄よどこへ行く」といった詩で米軍基地と沖縄に冷淡な日本に怒りつつ、「祖国復帰」を見ずに亡くなった。

 38年の詩集の一編「会話」には、上京した詩人が、思いを寄せる女性に「お国は?」と問われ「ずっと向こう」「南方」「亜熱帯」とはぐらかした時の気持ちが描かれている。

 <……アネッタイ! と女は言った……この僕のように 日本語の通じる日本人が 即(すなわ)ち亜熱帯に生れた僕らなんだと僕はおもうんだが 酋長(しゅうちょう)だの土人だの唐手だの泡盛だのの同義語でも眺めるかのように 世間の偏見達が眺めるあの僕の国か!>

 「故郷は沖縄」と言えないのは当時、酋長や土人といった偏見と同列に故郷が語られていたからだ。詩人には「土人」は「普通に使われる言葉」には聞こえていなかった。

 大阪府警の警察官が放った言葉は「ぼけ、土人が」だった。哲学者で東大教授の高橋哲哉さん(60)は「差別と断定できないという方が理解に苦しみますが、政府には差別と認められない理由がある」と見る。

 「日米安保条約は基地の存在と米軍駐留が前提です。だから安保の『恩恵』を受けるには日本全体で基地を負担すべきなのに、沖縄に過重な負担を押しつけ、沖縄の民意を無視して米軍の新基地や施設の建設を強行している。政府がやっていること自体、差別の上に成り立っていることを認めることになるからです」

 確かにこの1、2年を振り返っただけでも、米海兵隊普天間飛行場宜野湾市)の名護市辺野古への移設問題を巡り、衆参両院選や県知事選・県議選、地元の名護市長選に至るまで建設反対派が勝利したが、建設は推進されている。「土人発言」の舞台となった東村高江のヘリパッドも、7月に県議会が建設中止を求める意見書を可決していた。

 「それほどの民意をなぜ無視できるのか。結局、本土の1億2000万人超は無視できないが、沖縄の140万人は無視していいという意識があるとしか思えない。少数者を無視し、排除する構造こそ差別と呼ばれるものなのです」

 米海兵隊の基地はもともと本土にあった。日米安保締結後の53年以降、岐阜、山梨、鶴保氏や百田氏の故郷・大阪など各地に駐留していたが、反対運動が高まった56年以降、米統治下の沖縄に移された。

 高橋さんはこの経緯と沖縄への鈍感さは関連があると指摘する。「今、多くの国民が安保を認めているのは、沖縄が米軍基地を背負うことで、本土で基地問題が見えなくなったから。差別を認めないのは、基地のリスクは負わず『恩恵』だけは得たいため。そんな人が『基地に反対する沖縄は身勝手だ』というのは、それこそ身勝手甚だしい。安保を支持するなら、本土こそ基地を引き受けるべきです」

 苦い思いを抱え、東京・池袋の沖縄料理店「おもろ」を訪ねた。山之口貘が通いつめた店である。主人は2代目の南風原(はいばら)英樹さん(73)。先代の父・英佳さんが石垣島生まれ。店の名付け親である詩人に、英樹さんはかわいがられた。

 詩人の生まれた1903年は、大阪の博覧会で「7種の土人」と銘打ち、沖縄や朝鮮などの人々が生きたまま展示される事件が起きた年だ。113年後に響いた土人という言葉に、詩人は何を思うか。

 泡盛をついだ英樹さんが苦笑い。「土人ねえ。貘さんが聞いたら怒るだろうな。みんな基地問題は何とかしたい、と口では言うんだけどね……」

 沖縄出身の芥川賞作家、目取真(めどるま)俊さんの「沖縄『戦後』ゼロ年」を開く。米軍が駐留し続ける沖縄では「戦後」は始まってすらいない、と説く。

 この目取真さんは「土人発言」を世に広めた人物。目取真さんが高江で抗議活動中、目の前で起きた警察官の発言をビデオに捉えていた。

 目取真さんに当時の状況を聞いた。「現場では以前から、抵抗する市民を警察が排除しつつ、見えないように殴る、蹴る、関節をひねる、といったことは繰り返されていたんです。でもまさか『土人』だなんて。思いもしませんでした」

 その「まさか」の発言もその後の政治家の言動も、社会はさらりと流したように見える。「戦争や米軍占領下の沖縄で何が起きていたかを知る政治家がいなくなり、永田町、いや社会の空気が変わったのは事実です。沖縄の歴史への無知を恥じない、無関心な政治家も増えました」

 その責任はメディアにもあると、作家の目には映る。言葉に対する感性、差別への拒否感も鈍麻したというのだ。「問題を突き詰めれば沖縄に負担を強いる差別の政治構造、安倍政権のあり方に行き着く。でもそこをメディアは触れたがらない」

 今も高江や辺野古でほぼ毎日、建設阻止の活動に参加しているが、政府にはもう期待しないという。「『土人は差別』というのが『言論弾圧を招く』? ならば問いたい。沖縄のあらゆる民意を無視し、差別と無関心にさらし、なお飽きたらずに機動隊を送り込む本土のどこに、私たちの言論はありますか。(差別容認は)沖縄だけの問題じゃない。今の政府や社会の体質を許していれば、必ずすべての日本人に跳ね返るんです」

土人発言」巡る安倍政権の見解
鶴保庸介沖縄・北方担当相の答弁(11月8日、参院内閣委で共産党・田村智子氏の「土人発言は人権問題ではないということか」との質問に)

 「第三者が決めつけるのは非常に危険。言論の自由もある。人権問題のポイントは差別発言を受けた方の感情に寄り添うこと。その感情に、だれが、どういう理由で差別と判断するかは議論がある。私個人が大臣として、これは差別だと断じることはできない」

閣議決定された政府見解(民進党大西健介氏の「『土人』が差別語かなどを問う質問主意書への11月18日付答弁書

 「『土人』には『土着の人』『未開の土着人』などの意味があり、一義的に述べることは困難。鶴保氏は警察官の発言について、逮捕権があり公権力を行使する者の言動として許すまじきことと考える一方、人権問題と捉えるかどうかは、言われた側の感情を主軸に判断すべきで、個別事案を注視することが重要と述べている」

菅義偉官房長官の答弁(11月21日、衆院決算行政監視委で大西氏の「土人という言葉は差別用語で不適切かどうか、政府の統一見解は」との質問に)

 「『差別と断定できない』のが、政府統一見解だ」
    −−「特集ワイド 「土人発言」かばう空気の正体 「沖縄差別」の構造、覆い隠す安倍政権」、『毎日新聞』2016年12月05日(月)付。

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