覚え書:「ナチス映画、多様に問う 戦後処理のドラマ・ヒトラーのコメディー」、『朝日新聞』2017年01月11日(水)付。

Resize5756

        • -

ナチス映画、多様に問う 戦後処理のドラマ・ヒトラーのコメディー…
2017年1月11日

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」

 ナチスヒトラーを題材にした映画が近年相次ぎ、日本でもその多くが上映されている。埋もれたキーマンに光を当てる人間ドラマから、ヒトラーを現代によみがえらせるブラックコメディーまで、切り口は様々。そこから見えてくるものとは――。

 ■消えたタブー/せめぎあう反省と本音

 7日に公開されたドイツ映画「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏(おそ)れた男」は、ユダヤ人を強制収容所送りにしたナチス戦犯のアドルフ・アイヒマンを追い詰めた検事長フリッツ・バウアーの物語。妨害や圧力にめげることなく、海外逃亡したアイヒマンを法廷に引きずり出した戦後のナチス処理の立役者でありながら、一般には広く知られていなかったという。「ハンナ・アーレント」(2013年)「顔のないヒトラーたち」(15年)などの作品でアイヒマンや戦後の裁判が注目されたこともあり、その功績から半世紀以上を経て脚光を浴びている。

 ラース・クラウメ監督は「ユダヤ人で社会主義者で同性愛者。孤立状態のなか、民主主義を新たなレベルに引き上げようと闘った姿は、時代や国を超えて響くはず」。ドイツでもナチスを扱う映画が最近目立つといい、「世界にとっても重要な歴史で、戦争の最後の目撃者が亡くなろうとしているからでは」と話す。

 日本で最近公開された映画は戦後70年の15年に製作されたものも多いが、どれも現代にひきつける設定や見せ方が光る。「帰ってきたヒトラー」は現代にタイムスリップしたヒトラーがモノマネ芸人としてブレークする様子を風刺し、「手紙は憶(おぼ)えている」は身分を偽って暮らすナチスの兵士に復讐(ふくしゅう)を果たそうとする認知症の高齢者を追った。昨年の東京国際映画祭でグランプリに輝いた「ブルーム・オヴ・イエスタディ」は、ホロコーストの加害者と被害者の孫同士の恋と葛藤を描いた。

 そもそも映画というメディアは戦時中、ナチスプロパガンダに利用された。だからこそ、映画における描写には作り手も受け手も敏感にならざるを得ない。

 ドイツ映画に詳しい明治大の瀬川裕司教授によると、ヒトラーナチス終戦後から繰り返し映画で描かれてきたが、時を経て多様化している。02年のヒトラー最後の秘書を追ったドキュメンタリー(日本未公開)がその素顔に焦点をあて、04年製作の「ヒトラー 最期の12日間」で著名な俳優が主人公としてヒトラーを堂々と演じることで、それまでは歴史上の絶対悪でその人間性が正面から描かれることのなかったタブーが破られたという。戦後60年となった05年ごろにも映画の製作が相次ぎ、ハリウッドの大作を含めて娯楽化も進んでいる。

 一方、ヒトラーナチスといった題材に注目が集まりやすい状況もあるようだ。昨年12月に公開された「ヒトラーの忘れもの」は、デンマークの海岸にナチスが残した地雷をドイツ人少年兵に除去させた史実に基づく物語で、15年の東京国際映画祭では「地雷と少年兵」というタイトルで上映された。宣伝関係者は「ヒトラーナチスという言葉が入ると認知度がぐっと上がる。過去の作品にもヒットが多い」「移民排斥や右傾化への懸念が高まるなか、映画ファンだけでなく世界情勢に興味のある層にも響いている」と話す。

 瀬川教授は「歴史を忘れまいとあらゆる切り口で描かれるなか、『帰ってきたヒトラー』のようなひねった作品には忌まわしい歴史の教育や反省にうんざりといった現代の本音もにじみ、社会のせめぎ合いが映し出されている」とみる。さらに「日本では敗戦後には“戦争責任は誰にあるか”というテーマでシリアスな映画が撮られたものの、近年は“日本人はみな被害者であった”といった角度の作品が目立つ。ナチの過去をひとごととして見るのではなく、同時代の日本はどうだったのかという視点からの考察を映画でもおこなうべきではないか」と指摘する。

 今年も、普通の人間が権威に服従し、ホロコーストがいかにして起きたかの心理を探る「アイヒマン実験」や、ナチスナンバー3の暗殺を取り上げた映画の日本公開が控えている。

 (佐藤美鈴)

 

 ■日本で公開が相次ぐ主なナチス関連映画

2015年

 8月 ふたつの名前を持つ少年

10月 顔のないヒトラーたち

 〃  ヒトラー暗殺、13分の誤算

16年

 1月 サウルの息子

 4月 アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち

 6月 帰ってきたヒトラー

 8月 栄光のランナー/1936ベルリン

10月 手紙は憶えている

12月 ヒトラーの忘れもの

17年

 1月 アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

 2月 アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発

  夏 Anthropoid(原題)
    −−「ナチス映画、多様に問う 戦後処理のドラマ・ヒトラーのコメディー」、『朝日新聞』2017年01月11日(水)付。

        • -

http://www.asahi.com/articles/DA3S12740822.html


Resize5729


Resize4952