覚え書:「論壇時評 東芝と原発 時代が止まってはいないか 歴史社会学者・小熊英二」、『朝日新聞』2017年02月23日(木)付。

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論壇時評 東芝原発 時代が止まってはいないか 歴史社会学者・小熊英二
2017年2月23日

小熊英二さん=迫和義撮影
 
 世間には、若かった頃の「常識」で頭が止まっている人がいる。例えばドナルド・トランプの以下の発言だ〈1〉。

 「日本が攻撃されれば米国は軍事力を全面的に行使しなければならないが、我々が攻撃を受けても日本の連中は家でくつろぎ、ソニーのテレビを見ている」

 ソニーのテレビが全盛だったのは昔の話だ。赤字続きだった同社のテレビ部門は、2014年に分社化された。経団連榊原定征会長は、トランプ氏は「1980年代の日米貿易摩擦の頃の認識」で発言していると苦言を呈した〈2〉。

 一連の発言からわかるのは、トランプの周囲に、時代錯誤を指摘してくれる人がいないということだ。あるいは注意をしても、耳を貸さないのだろう。こういう人は、過去に一定の地位を築き、周囲に甘やかされている中高年に多い。

     *

 このような、社会の変化についていけない人が責任ある地位にいると、様々な問題が出る。不正会計で信用を失ったうえ、時代遅れになった産業に固執して債務超過になった東芝は一例だ。東芝原発部門OBはこう述べる〈3〉。

 「世界の原発建設を担うと決めてしまい、引くに引けなかったのだろう。まっとうな経営センスを持っていたら、福島の事故以降はやめる」

 63年に発電が始まった日本の原発は、高度成長の象徴だった。製造業が主産業だった時代には、電力消費量と経済成長率が連関していた。石油ショック後は国策で補助金が投入され、90年代半ばまで原発は順調に増えた。この時代の「常識」で、頭が止まったままの人も多い。

 だが90年代末から、日本の原発建設は停滞。「夢よもう一度」とばかりに、2005年ごろに原子力再興の動きがあったが、実態が伴わなかった。

 それでも東芝は06年、米国の原発メーカー、ウェスチングハウス(WH)社を破格の高額で買収した。これが今回の債務超過につながったのだが、なぜそんな買収をしたのか。

 その理由は二つある。一つは、旧来路線への固執だ。社内には買収に異論もあったが、当時の社長は「(国内で)そのままやっていくと撤退のシナリオ。ということは他社を買収するしかない」と考えたという〈3〉。原発事業の行き詰まりがわかっていたのに、撤退時期を見誤り、追加投資を注ぎ込んだのだ。

 もう一つは、社内民主主義の不足だ。原発部門から昇進した別の社長は「人の言うことを聞かない」ことで知られ、当人も「(社員が渡してくる)1回目の書類は見ずに突き返したほうが次によくなる」と放言していた〈4〉。

 そこに加わったのが、最後は国が助けてくれるだろうという「日の丸原発」意識だった。東芝OBによれば、社内の原発部門は「国や東京電力だけを見ているような特殊な世界」であり、社会の側を見ていなかったという〈4〉。

     *

 福島原発事故は、すでに停滞していた原発事業への「止(とど)めの一撃」となった。日本の電力需要は11年度以降5年連続して減少。産業界と一般家庭の双方に、節電意識と省エネ技術が広まり、鉱工業生産指数が伸びた時期でも電力消費量は減少した。2年にわたって全原発が停止しても電力供給に問題はなく、今に至るも数基の原発しか動いていない。原発なしでも問題ないことが明らかになり、世論調査では再稼働に反対が6割近い。

 また再生可能エネルギーが、急速に普及している。国際エネルギー機関(IEA)の調査結果によれば、15年の世界の再生可能エネルギーに対する投資は約36兆円に達し、発電設備全体への投資のうち約7割を占めた〈5〉。日本でも、16年初夏には太陽光がピーク時で全電力需要の30%を供給した〈6〉。

 それに対し原発のコストは上昇している。15年3月期には、日本の電力会社の原発維持費は総計約1兆4千億円に上った〈7〉。再稼働を審査する新規制基準を通過するには、原子炉1基に数千億円の追加投資が必要で、電力11社は総額で約3兆3千億円を見込んでいる〈8〉。福島事故の処理費用は21兆円を超え、さらに増えるのが確実だ。

 原発のコストは、ほとんどが安全に運転するための費用である。人々の安全意識が上がればコストも上昇する。世界中で安全意識が傾向的に高まり、とくに福島事故後は原発建設のコストが上昇して、採算がとれなくなった。金子勝は12年に「原発不良債権である」と述べたが、それが現実になりつつある〈9〉。

 このたび東芝債務超過になった直接の原因は、原発建設費の上昇負担をめぐる訴訟相手の米企業から、原発建設部門を買収したことだった。買収動機は、訴訟を続ければ東芝とWH社の収益悪化が露呈してしまうので、買収と訴訟和解でそれを隠蔽(いんぺい)することだったと細野祐二らは指摘している。相手会社は、簿外債務付きという条件で、0ドルで原発建設部門を売っている〈10〉。

 権威主義、民主主義の不足、変化への不適合。結果としての債務と不正。残る手段は「親方日の丸」だろうか。ある政府関係者は「大事なのは原発であって東芝ではない」と述べ、原発事業を国が救済する考えを漏らしたという〈11〉。

 しかし、今やババ抜きの「ババ」となった原発を引き受けて国が破綻(はたん)しても、それを助けてくれる「親方」はいない。もはや社会の変化を直視し、原発からの「勇気ある撤退」を決意する時である。

     *

〈1〉本紙記事(1月22日)

〈2〉同(2月1日)

〈3〉「原発ビジネスから撤退」(週刊東洋経済2月4日号)

〈4〉「東芝OBが語る『問題の本質』」(同)

〈5〉今西章「世界の電力投資の7割が再生エネ」(エコノミスト1月31日号)

〈6〉本紙記事「再生エネ割合、ピーク時46%」(2月13日)

〈7〉岡田広行「値上げ頼みの電力決算」(週刊東洋経済15年11月21日号)

〈8〉本紙記事「原発安全対策、3.3兆円に増」(16年7月31日)

〈9〉金子勝原発不良債権である』(岩波ブックレット、12年)

〈10〉細野祐二「債務超過の悪夢」(世界3月号)/児玉博「経産省東芝を見放した」(文芸春秋3月号)

〈11〉「原発危機で『東芝』消滅も」(週刊ダイヤモンド2月11日号)

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 おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。著書『首相官邸の前で』が近く刊行される。監督を務めた同名の記録映画のDVD付き。脱原発運動の分析論文や作家・高橋源一郎氏との対談なども。
    −−「論壇時評 東芝原発 時代が止まってはいないか 歴史社会学者・小熊英二」、『朝日新聞』2017年02月23日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12809410.html





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