覚え書:「自らの研究、鳥瞰できるか 学術会議の声明案「軍事研究の禁止を継承」」、『朝日新聞』2017年03月09日(木)付。

Resize6208

        • -

自らの研究、鳥瞰できるか 学術会議の声明案「軍事研究の禁止を継承」
2017年3月9日

声明案をまとめた日本学術会議の検討委員会=7日、東京・六本木
 日本学術会議が、70年近く掲げてきた軍事研究を禁じる声明の見直しを進めている。学術会議の検討委員会が7日にまとめた新声明案では「(過去の)声明を継承する」とうたうが、異論もある。声明の形骸化が指摘される中で、科学者は自らの研究とどう向きあっていくべきなのか。

 「研究機関に命令する権限はないが、戦争協力への反省とともに発足した歴史的な経緯もあり、声明案は重みを持って受け止めてもらえると思う」。新声明案をまとめた、安全保障と学術に関する検討委員会の杉田敦委員長(法政大教授、政治理論)はその実効性を問われ、限界もにじませた。

 議論のきっかけは、防衛装備庁が2015年度に設けた新たな研究助成制度。今年度予算の6億円から新年度予算案では110億円と一挙に増額された。

 杉田委員長は会見で「学問の自由とは、科学者個人と同時に、科学者コミュニティー全体も政府から独立していることだ。国からの軍事資金が拡大していけば、(軍事用途に限られた)ひも付き資金を受け取る以外なくなってしまう」と警戒感も口にした。

 ただ、GPSやインターネットなどは軍事技術からの転用だ。通信や医療などの軍事研究は民生用と重なる部分も多く、助成制度に肯定的な意見もある。

 大学によっても対応は割れる。法政大や広島大、長崎大などは装備庁の助成制度に応募しないか当面控える方針。一方、豊橋技術科学大や東京工業大東京理科大などは同制度に応募、採択された。

 声明は、戦争に協力した過去への反省が原点だ。終戦直前に起きた、「九大生体解剖事件」の現場を目撃した福岡市の医師、東野利夫さん(91)は「軍に『反対』と言うことなど許されなかった」と振り返る。より多くの研究費を得るためには軍への協力が不可欠で、医学部の研究者は軍の嘱託とされていた。そんな中、軍の依頼で米軍捕虜8人の解剖実験が九州帝大で行われ、全員死亡した。

 「いかなる時も命を救うはずの医師が犯してしまった。絶対にあったらいかん」と語る。

 戦後、声明は1950年と67年に採択され、一定の歯止めとなりつつ、民間の研究者の増加とともに軍事産業は成長した。杉山滋郎・北海道大名誉教授(科学史)は「声明が形骸化してきた現実を直視しなくてはならない」と言う。

 51年3月と10月、学術会議は50年と同趣旨の声明の採択を総会にかけたが否決。多くの科学者の念頭にあったのが、隣国で勃発した朝鮮戦争だ。ところが、ベトナム戦争による厭戦(えんせん)気分が広がると、67年には2度目の声明採択に至る。

 杉山名誉教授は「世論が割れる問題が起きたとき、科学者は、意思決定の土台となる選択肢を国民に提示していく必要がある。多くの人が議論に関わることで、広い意味でのシビリアンコントロールの強化にもつながる」と話す。

 ■「政府との距離、難しくなっている」

 大学は独立行政法人化によって、数値化できる成果が求められる。神里達博千葉大教授(科学技術社会論)は「政府との距離を保つのは難しくなっている」と指摘する。「学術目的」のはずが、いつの間にか国防、ひいては軍事目的の研究に行き着いてしまう可能性があるというのだ。

 そこで神里教授が訴えるのは、科学者が自身の研究を相対化できる幅広い知を持つことの重要性だ。「自分が研究する専門の知を鳥瞰(ちょうかん)することで、その研究が社会に与える影響や責任を考えられるようになる」

 新声明案では、研究の是非の判断を科学者個人の責任にとどめず、大学や学会が審査制度やガイドラインを設けるよう求めている。杉田委員長は「今後、各大学などでは審査の過程でいろんな悩みが出てくるだろう。学術会議も半世紀、メッセージを発信してこなかった責任があるが、まずは議論を積み重ねていくことが必要だ」と説明する。(塩原賢、赤田康和)
    −−「自らの研究、鳥瞰できるか 学術会議の声明案「軍事研究の禁止を継承」」、『朝日新聞』2017年03月09日(木)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12832237.html





Resize6166

Resize5640