覚え書:「書評:最愛の子ども 松浦理英子 著」、『東京新聞』2017年06月04日(日)付。
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最愛の子ども 松浦理英子 著
2017年6月4日
◆学園に少女が作る聖家族
[評者]千石英世=文芸評論家
可憐(かれん)な少女たちの恋のホログラム、あるいは愛の幻燈(げんとう)。そう称するのが似つかわしい爽やかな青春小説である。が、彼女ら現代女子高生を、素知らぬ顔で少女とよんですませていいのかどうか。それでは度の過ぎたカマトトではないか、と一抹の不安ものこる。
しかし、あえてそう呼んでおきたい。というのも、彼女ら、少女らは、今の世にJKなどと略称の限りをつくされて記号化され、呪物化され、ロリータ化されて、あげく商品化される弱年の「最愛の子ども」たちなのだ。
しかしそれにもかかわらず、彼女ら、少女らは、その澄み渡った心意気に発して、軽快に、だから本源的に、そんな今の世に異議申し立てをする架空の人物たちとしてあらわれる。あの初音ミクにも似た架空性、だがあのミクの鈍重さを免れる言語によるホログラム。軽快にというのは、その恋が異性を必要としない恋とされているからにほかならず、また本源的にというのは、その愛が家族を必要としない愛とされているからにほかならない。
キリストや釈迦(しゃか)もまた家族を必要としなかった。彼女ら、少女らは、そんな性役割なき性愛への入門者に設定されている。同性愛とかLGBTといえばかえってマークがきつくなる性の指向者たちだが、そんな形容矛盾を生きる少女たちである。ループする恋、ループする愛。
そのループを脱するために、家族には聖家族の身ぶりがある。肌を接してするチギリがある。生老病死の秘儀がある。父なる日夏(ひなつ)、母なる真汐(ましお)、「最愛の子ども」なる空穂(うつほ)。学園小説たる本作の人物たちの役回りであり、中古歌物語のなかの名を思わせる女性性を帯びた名前たちである。
名前たちが作る聖家族、あるいは、ささやかにしてひそやかなる宮廷愛。学園が宮廷なのだ。あるいは、JK女子高生たちの源氏名による性愛の共和国。本作はその幻影を幻影として、繊細にまたユーモラスに語り聞かせる。
(文芸春秋・1836円)
<まつうら・りえこ> 1958年生まれ。作家。著書『親指Pの修業時代』など。
◆もう1冊
松浦理英子著『ナチュラル・ウーマン』(河出文庫)。語り手の「私」とスチュワーデスの夕記子ら、女性同士の恋愛と性愛を描く小説。
−−「書評:最愛の子ども 松浦理英子 著」、『東京新聞』2017年06月04日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2017060402000179.html