覚え書:「字が汚い! [著]新保信長 [評者]宮田珠己(エッセイスト)」、『朝日新聞』2017年06月04日(日)付。
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字が汚い! [著]新保信長
[評者]宮田珠己(エッセイスト)
[掲載]2017年06月04日
[ジャンル]人文
■上手になりたい!50代特訓ルポ
タイトルを見た瞬間、自分がこの本を書いたのかと錯覚した。
字が汚い!
実に身に覚えがある。
書き初め後にみんなで記念撮影したとき、自分の字が映らないよう半紙をふり回していた小学校時代の記憶がよみがえる。
「お前、なんで踊ってんの?」と同級生にふしぎがられたのである。いろいろ事情があるんだよ!
きっと同じように身につまされる人は多いはず。
著者はあるとき自分の字に軽く絶望し、上手(うま)くなろうと決心、まずは30日間の特訓を試みる。だが、五十路(いそじ)に至るまで汚かった字が30日できれいになるはずもない。もっと根本からやり直さないとだめだと、次はペンにもこだわり、教室にも通いはじめる。
それでもなかなか上達せず、せめて味のある字が書きたいとヘタウマ字にも探りを入れる。まったく身につまされる展開だ。われわれはみなそうやってヘタウマ方面に希望を抱くのである。もしくは開き直る。壮絶に字が汚いコラムニストの石原壮一郎氏の言葉が素晴らしい。
「きちんとした字を書く人は“世間様に恥ずかしくないきちんとした人間じゃなきゃいけない”みたいなことを考えているわけですよね。(中略)じゃあそれが面白味のある大人なのかと」
あはは。単なる逆ギレとしか思えないが、今となっては心の手本にしたい。
本書には字の練習と並行して、政治家や作家、スポーツ選手の字を参照したり、字の先生や下手な人へのインタビューを行ったり、かつて流行(はや)った丸文字のその後やサインと印鑑の関係など字をめぐる考察も多く収録されている。欧米では字の美醜へのこだわりがないという話は意外だった。
最終的に著者は味のある字に到達できたのか。写真が載っているので、ぜひ自分の目で確かめてほしい。終始笑える楽しい本だが、涙なくして読めなかった。
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しんぼ・のぶなが 64年生まれ。編集者・ライター。著書に『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』など。
−−「字が汚い! [著]新保信長 [評者]宮田珠己(エッセイスト)」、『朝日新聞』2017年06月04日(日)付。
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