覚え書:「月刊・時論フォーラム 今年度を振り返る」、『毎日新聞』2017年3月28日(火)付。

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月刊・時論フォーラム
今年度を振り返る

毎日新聞2017年3月28日 東京朝刊
 
 今年度最後の「時論フォーラム」は、座談会でこの1年を振り返る。イギリスの欧州連合(EU)離脱国民投票アメリカでのトランプ大統領誕生と、世界史の転換を物語るかのような事態が相次いだ。水野和夫・法政大教授(現代日本経済論)、遠藤乾・北海道大教授(国際政治学)、ジャーナリストの森健さんが論じ合った。【構成・鈴木英生、写真・内藤絵美】


座談会で話す水野和夫さん=東京都千代田区
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相続財産国庫に戻せ 水野さん/終わりゆく英米覇権 遠藤さん/安倍1強、強い違和感 森さん

座談会で話す遠藤乾さん=東京都千代田区
 遠藤さん 今年度最大の衝撃は、ブレグジット(英国のEU離脱を決めた国民投票などの動き)とトランプ米大統領の誕生でした。19、20世紀に世界のモデル国家だった英米が、共に挫折した。19世紀に民主主義を試みた国は、イギリスを目標に議会制を導入しました。第二次大戦後に独立した多くの国は、米国を模して大統領制をとった。この英米ヘゲモニー(覇権)が終わりつつあります。


座談会で話す森健さん=東京都千代田区
 付言すると、米国は世界秩序から「道義的撤退」を始めた。既にオバマ政権は、軍事的に撤退をしていました。とはいえ、オバマ前大統領は、世界への道義的責任を語り続けた。ところが、トランプ大統領は普遍主義を捨て、道義的にも撤退を宣言した。安倍晋三首相の「価値観外交」は、はしごをはずされましたね。中国やロシアには、トランプの米国は悪くない相手です。何しろ、人権問題も独裁も批判しないのだから。

 水野さん この数百年、英米など覇権国が、常に世界のルールを作ってきました。自由貿易植民地主義IMF国際通貨基金)−GATT(関税貿易一般協定)体制……。どれも実態は「自分たちファースト」ですが、一応、「世界秩序を維持する」との看板を掲げてきた。ついにその看板が消えた。世界が悪い意味で「中世に戻った」ともいえます。上位85人の富豪が世界の富の半分を握り、貴族のように世襲する。あるいは、「縁故資本主義」になった。多国籍企業や投資家らのネットワークが各国の政策に影響を与える。こうなると、歴史の進歩とはいったい何なのだろう、と思わざるを得ません。

 森さん 今後はフランス大統領選とドイツの総選挙があり、結果次第で大陸系の国も同じ流れに乗りますね。

 遠藤さん トランプ政権のバノン首席戦略官らは、「リベラル勢力など『敵』に国家が乗っ取られている」と本気で信じているのかもしれません。「彼らに乗っ取られた国家を破壊したい」との不健全な願望が、有権者に強く支持されている。「グローバル化」で世界の1%に富が集中したり新興国に富裕層が生まれたりし、代わりに先進国の労働者が相対的に貧しくなった。そこで彼らのアイデンティティー不安も高まっている。仏でルペン大統領が誕生したら、EUは存亡の機にさらされます。まさに欧州の自殺行為ですが。

 森さん いびつな保護主義や排外主義が広がるのは、格差を「見える化」した情報化も一因ではないか。インターネットで、誰もが自らの経済的位置が「分かる」と、格差で不安や妬みがあおられる。一方、将来への不安で「強いものに頼りたい」という願望もある。米国からメキシコ人が全員帰ったら、人件費が上がるので米経済は混乱します。それでも移民に責任を押しつけて排除したい。この欲望を政治がすくい取る、いびつなポピュリズムが育っている。

 遠藤さん 選挙テクノロジーの異常な発達も背景にある。AI(人工知能)が、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での個々人の発信内容を分析して、たとえばパソコン画面に映る内容を「この家では移民について」「この家では雇用不安」「ここではEUについて」と指示する。前は「インターネットで理想的な民主主義が生まれる」との主張も広まりましたが、今思えば、なんと牧歌的な……。

 水野さん 米国は、既に1973年をピークに勤続15年以上の男性労働者の所得が中央値で下がり続けています。世界を二の次にしないと自分が埋没するとの不安が満ちており、もはや先進国と見なすべきではない状態。日本でも2000年代以降、45歳より若い世代は「今の暮らしを楽しむ」人より「将来に備える」人が多数派です。なのに、勤労者世帯はぜんぜん貯蓄できない。ところが、09年以降の預貯金残高は年に14兆円も増えている。つまり、消費税を上げて高齢者に払った年金が貯蓄されている。金融関係者に「生涯一回も、年金を記帳さえしない人が結構いる」と聞きます。本人は使わず、子供が相続する。まさに世襲資本主義です。

 遠藤さん 英国では、ブレグジットに若い世代がむしろ批判的でした。トランプ現象も、白人中高年男性が中心です。経済的な変化は一様でもマグマは国により違う。日本も若者の不安は政治的に表出しにくい。インターネット上で他者を激しく攻撃する人は、安定した中高年男性が多いようです。

 森さん 内政では、安倍1強に強い違和感があります。小泉進次郎衆院議員に、「今は自民1強というより官邸1強」と聞きました。党で議論を尽くした政策より、官邸から突然降ってくる政策が優先される。それに党は対抗できていない。党内に強い対抗軸がいない事情があるのでしょうが、こちらでも「強いものにすがりたい」有権者が、この安倍1強を支えていると映ります。

 遠藤さん 対する民進党は、あまりにだらしない。蓮舫代表の二重国籍問題も、毅然(きぜん)とすればよかった。政権幹部は、蓮舫さんの代表就任で一応警戒はしたそうですが、民進党人事の概要を知り大喜びしたとか。風が吹かないのが確定したと考えたのです。

 森さん 民進党共産党と組まなければ選挙で勝てないと分かっているのに、連合がストップをかけたがる。30年に原発稼働ゼロの政策も、連合に配慮して一気にやめた。この調子では、自民1強に対抗しようがない。

 水野さん 民進党は、民主党から改名した時点で自滅しました。政権交代を果たした党のアイデンティティーを捨てた。そもそも、民主党時代から自民党との違いのない議員が少なくなかった。金融政策ではリフレ派も多かったですしね。

 森さん 4月で黒田バズーカ(黒田東彦日銀総裁による強力な金融緩和政策)から4年です。現在は発行された国債の約4割を日銀が保有している状態。言い換えると、国債を国民が広く薄く買わされているわけですよね。

 水野さん 去年9月に、日銀は年間80兆円の国債を買い入れる従来方針を捨てて白旗を上げました。今後は年に30兆〜40兆円と現状で無理のない形にはします。そもそも、今の日本経済は、ゼロ金利が均衡状態です。日銀は金利を上げようと、やらなくてもいい踊りを踊っている。国債は借り換えを続け、株も大量に買って永久保持。新自由主義で国家の経済への介入は弱まるはずだったのが、正反対ですね。

 森さん 政権が経団連に賃上げ要求もする。まるで国家社会主義ですね。

 水野さん 日本を「日本国サービス株式会社」だと考えると分かりやすい。日本全体で約854兆円分の個人預貯金があり、今のゼロ金利を出資にたとえれば配当がない状態。ただし、高齢者に年間計20兆円が社会保障給付(雇用主負担を除く)としてサービス配当される。854兆円の6割弱を60歳以上が保有しているから、彼らは事実上4%弱の配当を受け取っている。

 遠藤さん 現政権が安泰なわけだ。

 水野さん 高齢者は投票しますが、若者は棄権しがちですから。

 森さん それでも、若い人に負担を強いる構図は問題でしょう。

 水野さん 現状を変えるには世襲資本主義を壊す、つまり相続財産をいったん国庫に戻させるしかない。年間50兆円ほどが相続されるのに、相続税は約2兆円にしかならない。残りの半分、24兆円を戻すだけで、かなり余裕が出ます。安倍さんはこれだけ1強なのだから、今ならできるはず。

 森さん 税制や社会保障については、若者にも意見を聞きたいですね。天皇退位について。政府の有識者会議委員の一人に聞いたところ、「『右』の委員には天皇陛下への敬意が全くない」と怒っていました。

 遠藤さん 天皇の一声で政治が動いてはならないとリベラルは伝統的に考えてきたが、今回はその動きをリベラルの多くが支持する。抵抗しているのは保守をうたう安倍政権です。ここにも左右のねじれがありますね。

 森さん この政権は「右」っぽい人が多いですが、国家主義的な考えは表層的ですし、実態は疑問です。経済は左寄りだし改憲論議も進めない。下手に負ける可能性がある国民投票なんて、本音ではやりたくないのでしょう。

 遠藤さん 森友学園問題を見ても、首相は「右」を迷惑だと感じ始めたように見えますね。

 水野さん 全般的に、「イデオロギーの終えん」が起きている。米国でもバノン氏はレーニンを信奉している。つくづく、政治が従来のイデオロギー構図と無縁になってきました。

 森さん 最後に、メディアの変化について。安倍政権の日本は、「ポスト・トゥルース(脱真実)先進国」ですよ。原発事故は「アンダーコントロール」で、武力衝突は「戦闘行為ではない」。

 遠藤さん 日本の歴代自民党政権も二枚舌は使ってきました。憲法と安保の関係も、実利的な二枚舌が支えてきました。しかし、米国のフェイクニュースは水準が違う。意図的にウソを拡散させて、恐怖に形を与える。今後、報道の信頼性を保証する枠組みを作らないと、ますますフェイクニュースが見分けられなくなる。

 森さん 実現性が高いのはニュースの発信源に対する格付けでしょうか。手間ひまをかけたジャーナリズムは星五つ、根拠不明のネタは星一つ、と。

 遠藤さん それをメディア業界自身でやればいいのですが。

 森さん 日本は地方紙がほぼ全都道府県にあり、全国紙も多い。報道機関の力が残っているうちに、しっかりとした枠組みを作っておくべきですね。

 ◆今月のお薦め3本

水野さん選
 ■ホワイトハウスの権力構造(会川晴之、アジア時報3月号)

フリン前大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の更迭は大きな変化を呼ばない可能性。政権内には表面と違った権力構造がある。

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 ■東芝債務超過による存続可能性(細野祐二、世界4月号)

再生には新規だけでなく既に受注した原発建設の受注破棄も必要だ。

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 ■ヤマト運輸は「ブラック宅急便」だ(横田増生文芸春秋4月号)

ベテラン運転手が違法残業を実名で告発。

遠藤さん選
 ■共謀罪立法はなぜ不要か(高山佳奈子、世界4月号)

何重にも根拠のない立法をただす。

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 ■文科省国立大「現役出向」241人リスト(河野太郎文芸春秋4月号)

規制する側とされる側、補助金を出す側ともらう側の癒着を問う。根っこは、現在241人にも上る、文部科学省から大学への現役役人の出向。

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 ■原発ビジネスの罠−−巨大企業を飲み込む暗闇(山岡淳一郎、世界4月号)

日本の国家意志や米の子会社に引きずられる企業の嘆かわしい実態。

森さん選
 ■ツイッターで政治は劣化する(渡辺恒雄文芸春秋4月号)

読売の主筆がトランプ氏の伝達の手法を分析。刺激的な短い言葉の手法を続ければ大衆民主政治は劣化すると指摘。

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 ■推進と反原発、二つに分かれ先鋭化する情報(萩原豊、月刊ジャーナリズム3月号)

TBS・NEWS23の編集長が、原発事故の検証報道から賛否を超えた報道の必要性を論じた。

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 ■産官民がつくり出した「住宅過剰社会」の歪み(野澤千絵、中央公論4月号)

高層マンションが過剰につくられているのは都市計画などの緩和が原因だが、誰も止めない。

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 ■人物略歴

みずの・かずお
 1953年生まれ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト、日本大教授など経て現職。著書「株式会社の終焉」など。

 ■人物略歴

えんどう・けん
 1966年生まれ。「シリーズ日本の安全保障」(全8巻)編集代表。著書「欧州複合危機」。編著「ヨーロッパ統合史」など。

 ■人物略歴

もり・けん
 1968年生まれ。早稲田大卒。「『つなみ』の子どもたち」で大宅壮一ノンフィクション賞。他に「小倉昌男 祈りと経営」など。
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