覚え書:「論点 地学と防災教育」、『毎日新聞』2017年03月31日(金)付。

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論点
地学と防災教育

毎日新聞2017年3月31日 大阪朝刊


 <オピニオン opinion>

 高校の理科は大きく分けて「物理」「化学」「生物」「地学」の4分野がある。このうち地学は、地質や気象学などが含まれ、防災とかかわりが深い。ところが、地学を選択せず、まったく学ばないまま卒業する生徒も多い。一方で理科とは別の枠組みで「防災教育」の必要性も説かれている。東日本大震災から6年が過ぎ、間もなく熊本地震から1年。地学と防災教育について、高校教育と社会教育にかかわる2人に話を聞いた。【聞き手・関野正】

命を守るために必要 柴山元彦・元大阪教育大付属高校副校長
 「地学」は、学習指導要領の改定で選択制になって以来、履修する生徒が少なくなっていった。地学教員の採用も減り、地学の授業を設けていない高校もあるという。原因として大きいのは大学入試制度。入試科目に地学が含まれないことが多いためだ。

 全国の都道府県で採択された教科書のデータを調べたところ、2017年用の「地学基礎」の教科書はざっと33万冊。一方「化学基礎」は102万冊。全国の高校生は1学年あたり100万人ほどなので、化学はほぼ全員が履修している計算になる。一方、地学は3分の1にとどまる。これまで理科は2科目選択だったが、12年から3科目選択になったため、これでも地学の履修は増えたと言える。10年前には、地学を開講している高校が全国で約3割、そうした高校でも地学を選択する生徒はわずかなので、全国の生徒のうち地学を学ぶ生徒は推計で約10%という報告もあった。

 地学は魅力のある学問だ。そのおもしろさを生徒に伝えられるかどうかは、教員の力量に左右される。地学を専門とする教員が、魅力ある授業を通して地学のおもしろさ、楽しさを感じさせることができれば、生徒の身にもつくだろう。ところが、地学の専門教員が少ないことがネックになっている。地学教員の採用がほとんどなかった時期もある。定年退職する教員が増加したこともあり、数年前から地学教員の採用が増えてはいるが、それでも各都道府県でそれぞれ2〜4人程度。化学や生物の採用はもっと増えているので、地学教員が少数派であることに変わりはない。

 専門でない教員が型どおりに教科書をこなすだけでは、生徒に地学の魅力は伝わらない。地学は物理や化学に比べて歴史が浅く、研究が進むテンポが大変速い。教科書に新しい内容が次々加わっていくので、教員が常に学んでいないと、生徒に太刀打ちできなくなる。また、おもしろい授業のためには、生徒の感性をとらえた展開や、教材の工夫も必要だ。授業の方法に「定番」はない。教員同士の情報交換、工夫が大事だが、最近は教員が多忙で、研究会を企画しても一線の教員は出席できない。書類作りなどの雑務で時間に余裕がなくなっているからだ。地学に限らない話だが、教員には時間的な余裕が必要だ。

 なぜ高校で「地学」を教えるのかというと、その先に「防災」や「命を守る教育」という目標があるからだと思う。社会に「地学教育は必要」という認識が広まってほしい。社会的なニーズをいかにして高めていくかが大切だと考えている。

地質や気象、知るべき 中条武司・大阪市立自然史博物館主任学芸員
 日本は世界でも有数の自然災害国だ。レベルの大小はあるにしても、日本に生活していれば一生のうちに地震、火山噴火、台風などのいずれかには遭遇するだろう。大人、子供に限らず、地質や気象などについて知っておくべきだ。もちろん、だれもが「専門家」になる必要はない。数字や用語などの細かい知識ではなく、「住んでいるまちで、地震の時にはどういう事態が起こるのか」といったことが頭の片隅に残っていれば十分だ。

 たとえば大阪や東京などの大都市は、比較的新しい軟弱な地盤上に発展していて、地震に弱い場所が多いことを知っておいてほしい。台風が接近したり、津波警報が出たりした時に、海岸に近づく人がいるが、津波のスピードや流れる水が持つエネルギーについての知識がないからだろう。こうした知識があれば、波にさらわれる可能性を考えて、海岸に近づいたりはしないはずだ。

 最近大きな火山の噴火は観測されていないが、九州の火山で大きな噴火があれば、大阪でも火山灰が降り積もったことがある。そうした可能性を知っておけば、無用なパニックに陥ったりせずに済むのではないか。歴史の教科書は「十年」「百年」というオーダーで記述されるが、地質学的、地形学的な問題は、「数千年」「数万年」「数億年」という視点で考える。そんな時間感覚も持ってほしい。

 学校教育の理科のカリキュラムを急に大きく変えるのは難しいだろう。現在の教育現場の中に「防災教育」の枠組みがあるのだから、その中で地震や火山、台風を科学的にしっかり学ぶというのもいいのではないか。

 学芸員の仕事の一つは「翻訳家」の役割を果たすことだと思っている。専門家の書籍や論文を読み解いて、一般に広くわかりやすく伝えていくことだ。依頼されて講演や研修の講師をする時には、その地域に根ざした話題を織り交ぜるようにしている。西日本では南海トラフ巨大地震に関連した話題。さらに、沿岸部では津波への備えや液状化について話す。また、近畿地方には活断層がいたるところに走っている、という要素も含める。山間部なら、津波よりもがけくずれの危険性などについて重点的に説明する。

 小学校の先生はすべての科目を担当しなければならない。ところが、必ずしも理科が得意でない先生もおられるだろう。そういう時には、ぜひ博物館を活用してほしい。学校教育をサポートしたり、学校で習わないことを提示したりするのも開かれた社会教育施設としての役割と思っている。

履修率に危機感
 学習指導要領はおおむね10年ごとに見直され、高校(普通科)の理科については1963〜72年入学の生徒は「物理」「化学」「生物」「地学」の4科目が必修だった。73年に2科目選択となり、地学の授業を開講しない学校が出始めた。82年には総合的な理科科目である「理科1」が必修となり、この中に地学分野も含まれるかたちとなった。その後、「理科総合」や「理科基礎」の新設、学校週5日制導入に伴う理科の単位数の減少などで、地学を履修する生徒は減り続けたとされる。2012年に「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」から3科目を選択することになり、地学の履修率が回復しはじめたという。

 地学は地球とそれに関連する自然科学分野の総称で、地形、地質、海洋、古生物、岩石、鉱物、天文、気象などを含む。日本学術会議や日本地球惑星科学連合、日本地質学会などが、履修率が低迷する地学に危機感を持ち、提言などをまとめている。

 ご意見・ご感想は〒530−8251(住所不要)毎日新聞大阪本社「オピニオン 論点」係へ。

 ■人物略歴

しばやま・もとひこ
 1945年、大阪市生まれ。38年間、高校で地学を教え、定年退職後、地学の普及のため「自然環境研究オフィス」を開設し、代表に。地学教科書の執筆者も務める。著書に「子ども編 鉱物・化石探し」「防災教育マニュアル」など。

 ■人物略歴

なかじょう・たけし
 1969年、大阪府八尾市生まれ。大阪市立大理学部地学科を経て、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は堆積(たいせき)学、堆積地質学。99年4月に大阪市立自然史博物館入りし、2000年から学芸員。現在、主任学芸員
    −−「論点 地学と防災教育」、『毎日新聞』2017年03月31日(金)付。

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