覚え書:「書評:北海タイムス物語 増田俊也 著」、『東京新聞』2017年06月25日(日)付。

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北海タイムス物語 増田俊也 著

2017年6月25日
 
◆地方紙の苛酷な労働実態
[評者]千街晶之=文芸評論家
 増田俊也の新刊『北海タイムス物語』は、話題作『七帝柔道記』がそうであったように、著者自身の体験を踏まえた小説である。『七帝柔道記』と主人公は異なるものの、その後の物語としても読める。
 一九九○年、ジャーナリストに憧れる主人公の野々村巡洋(じゅんよう)は、全国紙の入社試験に軒並み落ちてしまい、北海道の地方紙「北海タイムス」に採用される。希望していた記者ではなく、記事の見出しやレイアウトを考える整理部に配属された彼は、想像を超える苛酷な職場に打ちのめされる。
 新聞社が舞台といっても、他社と特ダネ合戦を繰り広げたり、政治家の圧力に抗(あらが)ったり…といった華々しい要素は、本書には一切ない。野々村は薄給で休みなく働き、上司らに罵倒されて陰で泣き、恋人とも別れざるを得なくなる。気が滅入(めい)るようなエピソードがひたすら連続するのだ。
 北海タイムスは一九九八年まで存在していた。歴史ある名門紙と言えば聞こえはいいが、作中の説明によると給料は他紙の六分の一、それでいて就労時間は四倍というのが実態だ。罵声が飛ぶのは当たり前、パワハラは日常茶飯、自殺者まで出る有り様で、はっきり言ってブラック企業である。小説なので全部が事実そのままではないのだろうが、果たしてこれは昭和の名残をとどめた時代特有の空気なのか、それとも労働をめぐる昨今の社会問題に直結するものなのか。
 そんな職場なのに、社員たちは「愛社心」にしがみつき、退社が決まった者を裏切り者と罵(ののし)る。その人物にしても、それまでさんざん野々村に対し横暴に振る舞っていたくせに、いざ自分の退社が決まってからやっとまともに仕事を教えはじめる。野々村が陽の当たらない仕事に誇りを持てるようになる結末は一見爽やかだが、状況に順応して一人前の「社畜」になりおおせたという読み方も可能ではないのか。ちょっと皮肉な感慨を抱いてしまった。
(新潮社・1836円)
<ますだ・としなり> 作家。著書『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』。
◆もう1冊 
 増田俊也著『七帝柔道記』(角川文庫)。寝技中心の「七帝柔道」に憧れて北海道大学柔道部に入った学生を描く自伝的青春小説。
    −−「書評:北海タイムス物語 増田俊也 著」、『東京新聞』2017年06月25日(日)付。

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