覚え書:「書評:漱石と日本の近代(上)(下) 石原千秋 著」、『東京新聞』2017年07月02日(日)付。

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漱石と日本の近代(上)(下) 石原千秋 著  

2017年7月2日
 
◆時勢から一歩引く主人公
[評者]伊藤氏貴=文芸評論家
 生誕百五十年記念ということを抜きにしても、漱石人気は衰えを知らない。しかし、生前、その評価が圧倒的だったというわけではない。たとえば手許(てもと)にある明治四十年発行の「日本文士階級鑑」という相撲の番付のようなものによれば、漱石より前に位する小説家は小杉天外を筆頭に十五人もいる。にもかかわらず、ただ漱石だけがかくも読まれつづけている理由は、ひとえに漱石が時代に寄り添いつつも時勢に乗ろうとはしなかったところにある。そしてその一歩引いた姿勢は、本書が言う「漱石的主人公」のそれに近い。
 別の世界へと移動し、自らの行動によって話を意味づける「物語的主人公」とは異なり、近代文学の「小説的主人公」は「〜について考える」だけで、格別行動も結論付けもしない。漱石は後者の主人公を、とりわけ世界の中での自分の位置付けがわからず、自分自身について悩む者として描いた。
 このような意味での「漱石的主人公」という視点から、本書は『坊っちゃん』から『明暗』に至る十二の作品を読み解いてみせる。これまで多数の漱石関係の書物をものしてきた著者が、新旧の研究と他領域の知見を踏まえつつも、新たに設けた一本の軸によって漱石作品の全体を貫く鮮やかな手際には舌を巻くばかりだ。
 順に読み進むのもよいが、序章のあとは自分が読んだことのある作品の章だけをつまみ食いすることもできる。まず作品自体を読んでからの方が本書の真髄(しんずい)はより深く理解できるだろう。
 その真髄は、この「漱石的主人公」とはまた「近代」を生きる我々自身の姿でもあることを教えてくれる点にある。我々はもはや「大きな物語」なるものを信じることはできないが、それでも自分の人生の主人公が自分以外にいないことも知っている。それが近代の孤独であり、漱石的主人公たちは、答を与えてくれないまでも、人生そのものから一歩引いて、われわれと共に悩んでくれるのだ。
(新潮選書・各1404円)
<いしはら・ちあき> 早稲田大教授。著書『漱石はどう読まれてきたか』など。
◆もう1冊 
 江藤淳著『漱石とその時代』(1)〜(5)(新潮選書)。日本の近代と格闘した夏目漱石の内面に光を当て、彼が生きた時代を描いた評伝。
    −−「書評:漱石と日本の近代(上)(下) 石原千秋 著」、『東京新聞』2017年07月02日(日)付。

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