覚え書:「書評:天狗の回路 中上紀 著」、『東京新聞』2017年08月06日(日)付。

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天狗の回路 中上紀 著

2017年8月6日
 
◆血族の物語への反転
[評者]木村朗子(さえこ)=津田塾大教授
 小説家だった父の異母妹の娘で、綾の従妹(いとこ)にあたる美貴とSNSでつながると「親戚の誰彼から聞いたこととも、父が小説に書いたこととも、異なる話」が送られてくるようになる。祖母から母へ、そして娘へと伝えられた、その話は綾の父親には書き得なかった女の物語だった。女が虐げられるばかりの時代を生きてきた祖母世代の話は、路地という特殊な環境の古色蒼然(こしょくそうぜん)とした旧弊であるどころか、その孫世代の綾の現在そのものである。
 綾の夫は、南アジア出身だ。稼ぎは少なく家事や子育てには参加せず文句ばかりの夫。夫の横暴にかろうじて耐えているのは、同じような境遇の人々とのネット上でのつながりのおかげだった。「国際結婚をしている日本人の妻たちが作っている掲示板」サイトのなかでも「歯切れのよい関西弁」で夫の愚痴を語るモモさんの書き込みが綾の救いだった。しかし夫が子どもに激昂(げきこう)する姿が、酒に酔って「殺すしかないじゃないか」と言いながら自分に暴力をふるった父親の姿を思い出させ、ふと美貴はモモさんだったのではないかと思い至ったとき、それはぞっとするような血族の物語へと反転する。
 小説家の父を中上健次として読むこともできるが親族による下世話な暴露話とは無縁だ。あくまでもフィクションの手法として取り込まれているのが清新なのである。
筑摩書房・1620円)
<なかがみ・のり> 1971年生まれ。作家。著書『月花の旅人』『熊野物語』など。
◆もう1冊 
 中上健次著『枯木灘』(河出文庫)。熊野の路地を舞台に、複雑な血縁を背負って生きる葛藤を描いてきた著者の代表作。
    −−「書評:天狗の回路 中上紀 著」、『東京新聞』2017年08月06日(日)付。

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