覚え書:「書評:アジアの思想史脈 アジアびとの風姿 山室信一 著」、『東京新聞』2017年08月06日(日)付。

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アジアの思想史脈 アジアびとの風姿 山室信一 著 

2017年8月6日

◆近代日本のデザイン再考 
[評者]安藤礼二=文芸評論家
 同時に刊行されたこの二冊の書物には、ともに「近現代アジアをめぐる思想連鎖」という一つのシリーズ名が与えられている。いわゆる、グローバリズムの波に呑(の)み込まれたアジアにおいて、「国民国家」の枠を超えて、人々は互いに入り混じり、「思想」は多方向的に「連鎖」し合うことで理論的にも実践的にも深まり合っていく。
 たとえば日本の明治維新の衝撃が中国の辛亥革命の導因となり、辛亥革命の実現が、大正維新および昭和維新の運動へと波及していった。ヨーロッパから中国と日本へ。中国から日本へ、日本から中国へ、さらにはアジアの諸地域へ。国家を創ることと国家を超えていくことがともに可能であった。
 『アジアの思想史脈』では、そうした人々の交流がダイナミックに跡づけられていく。その白眉は辛亥革命最大の支援者たる宮崎滔天(とうてん)と孫文の関係であろう。しかしながら、私が最も蒙(もう)をひらかれたのは、近代日本のデザイナー、つまりは「黒幕」たる井上毅と、そのデザインに身を賭して抗(あらが)った安重根がともに同等の比重をもって批評的に−否定的であるとともに肯定的にも−取り上げられていたことである。
 悪名高い「帝国憲法」や「教育勅語」の影の作者である井上毅は、一見すると否定し去るべき対象のように思われる。しかし著者は、「復古」と「開化」を両立させながら、「天皇」を主権者として据えた近代的な「国民国家」を主体的に選択した井上の営為を高く評価する。戦前への回帰が懸念されるいまこそ、その起源となった井上がもつ両義性を、このように冷静に検討し直すことが求められるであろう。
 『アジアびとの風姿』では、その井上を生んだ「熊本」の人々とアジアとの関わりが解き明かされていく。グローバルな「思想連鎖」を論じるためには、世界の在り方そのものと連環する「地方学」が必要だからだ。近代日本を考え直すために避けて通れない課題である。
(いずれも人文書院・各3672円)
<やまむろ・しんいち> 1951年生まれ。京都大名誉教授。『日露戦争の世紀』など。
◆もう1冊 
 竹内好著『日本とアジア』(ちくま学芸文庫)。日本の近代化や日本人の中国観、アジア観について、中国文学者が問い直した論集。
    −−「書評:アジアの思想史脈 アジアびとの風姿 山室信一 著」、『東京新聞』2017年08月06日(日)付。

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