覚え書:「ゲイリー・バートン自伝 [著]ゲイリー・バートン [評者]椹木野衣 (美術評論家)」、『朝日新聞』2017年09月03日(日)付。

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ゲイリー・バートン自伝 [著]ゲイリー・バートン
[評者]椹木野衣 (美術評論家)
[掲載]2017年09月03日
[ジャンル]ノンフィクション・評伝

■涙ぐましきヴィブラフォン

 ヴィブラフォンをご存知(ぞんじ)だろうか。鍵盤のように並んだ金属製の音板を叩(たた)いて音を出す打楽器の一種で、下部に設置された共鳴管の中の円盤がモーターで回転し、音に振動を与える特別な仕組みを持つ……。
 貴重な行数を楽器の説明に費やしてしまった。それくらい、一般に知名度の低い楽器なのだ。しかも名称の由来となった特殊効果は、音程の高低(ヴィブラート)ではなく音量の増減(トレモロ)によるもの。正しくはヴィブラフォンではなく、トレモロフォンと呼ばれるべきだったという。歴史の浅い楽器ゆえ、命名をめぐる初期のどさくさの中で定着してしまったらしい。やれやれである。
 ところが、著者はそんな楽器を操る音楽家としてグラミー賞を七回も受賞している。ジャズはヴィブラフォンに日が当たる数少ないジャンルだが、そんな条件のもと、ひとつの分野で頂点を極め続けるなど、なかなかできることではない。
 それだけではない。著者の生み出す音楽は、他の楽器を演奏する音楽家にも多大な影響を及ぼしている。ヴィブラフォンとバートンが存在しなければ、決して生まれなかったジャズのスタイルがあるのだ。
 そんな達成が、本書の随所で挟まれる自身が同性愛者であることの告白と、どうつながっているかは知らない。だが、ヴィブラフォンがサックスやトランペットのような花形楽器でないことへの深い愛情というか、ときに涙ぐましいまでの配慮には、なかなか泣けるものがある。ひと息つく入門者向けのコラム群も、とかくオレ様的になりがちな成功者による自伝が多い中、異例の親切さだ。
 読み進めるうち、今のジャズがあまりにも定型化しすぎている気がしてきた。もともと歌あり踊りありの娯楽を求められる酒場で発達したジャズでは、ハーモニカやウクレレでソロが取られることも頻繁だった。ヴィブラフォンが最高峰にそびえるジャズがあってもいいじゃないか。
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 Gary Burton 43年米国生まれ。ヴィブラフォン奏者。バークリー音楽大学で学部長や副理事長などを歴任。
    −−「ゲイリー・バートン自伝 [著]ゲイリー・バートン [評者]椹木野衣 (美術評論家)」、『朝日新聞』2017年09月03日(日)付。

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