覚え書:「書評:誰も知らない熊野の遺産 栂嶺レイ 著」、『東京新聞』2017年09月24日(日)付。

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誰も知らない熊野の遺産 栂嶺レイ 著

2017年9月24日

◆山里の美しい暮らし
[評者]宇江敏勝=作家・林業
 先入観をもたないで、紀伊半島南部の熊野を歩きまわっている。おや、とおもった場所で足をとめ、地元の人に尋ね、女一人、森の奥へも入って行く。
 百夜月(ももよづき)は、熊野川べりの渡し船しか通わぬ一軒家である。熊野比丘尼(びくに)ゆかりの小さな寺と落人伝説が残り、年寄り家族の花を育てて暮らすさまが美しい。
 あるときは楊枝谷(ようじだに)で道に迷い、鉱山跡の荒涼たる墓地に遭遇する。戒名に「春露童子」「幻露童女」とあるのは幼い労働者の墓だろうか。「夏山良空信士」「冬春妙夢信女」などと、おとなの戒名も風流で格調がたかい。
 「但州生野(たんしゅういくの)」という文字を見つけると、さらに著者は兵庫県生野銀山を訪ね、江戸時代から近代にいたる鉱山労働者のありようを考察する。徐福伝説、神武天皇の東征、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)、太地の捕鯨、そのほか伝統行事や生業に当事者がどう向きあっているかという報告もある。
 おわりの口色川(くちいろがわ)は、那智大社に近く、百数十人もの移住者の山里である。ほとんどは自給自足で、収入は少ないが、水道や燃料なども金を使わない工夫をしている。たえざる消費を前提とする日本経済とは、ぎゃくの方法で生活ができる不思議さ。熊野のいままで外部にふれることのなかった世界が、やわらかな筆づかいで多岐にわたって語られている。本書には珍しい写真もある。
ちくま新書・1058円)
 <つがみね・れい> 1966年生まれ。写真家。著書『知床開拓スピリット』など。
◆もう1冊 
 宇江敏勝著『山に棲(す)むなり』(新宿書房)。生まれ育った熊野の暮らしと民俗、そして山村の変貌について記す。
    −−「書評:誰も知らない熊野の遺産 栂嶺レイ 著」、『東京新聞』2017年09月24日(日)付。

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