日記:先を急ぐのではなく、三つの種類の寂しさを受け止め、下り坂をそろそろと降りること


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 さて、私たちはおそらく、いま、先を急ぐのではなく、ここに踏みとどまって、三つの種類の寂しさを、がっきと受け止め、受け入れなければならないのだと私は思っています。

 一つは、日本は、もはや工業立国ではないということ。
 もう一つは、もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。
 そして最後の一つは、日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ。

 現在、日本の労働人口の七割近くが第三次産業に従事しています。しかし、いまだ、この国では、教育のシステムも雇用や福祉政策のシステムも、大量生産大量消費の工業立国の時代のままです。経済の構造改革がなし崩し的に進められたにもかかわらず、社会のシステムの改革が進んでいない。
 小泉純一郎元首相はしきりと、「構造改革には痛みが伴う」という言葉を口にしました。多くの人々がその雄弁さに幻惑され、改革路線を支持しました。しかし、実際、その「痛み」とはなんだったのでしょう。
 第二次産業に従事する人々が第三次産業に転換してゆくことは、他人には理解できないほどの大きな痛みを伴います。産業構造の転換には、必ず古い産業へのノルスタルジ−がつきまとうからです。そのノスタルジーをも尊重しながら、しかしその寂しさに耐えて、私たちは新しい時代を迎え入れなければならない。

 三つ目は、日本はもう、成長社会に戻ることはありえません。世界の中心で輝くこともありません。いや、そんなことは過去にもなかったし、だいいち、もはや、いかなる国も、世界の中心になどなってはならない。
 私たちはこれから、「成熟」と呼べば聞こえはいいけれど、成長の止まった、長く緩やかな衰退の時代に耐えなければなりません。その痛みに耐えきれずに、これまで多くの国が、金融操作・投機という麻薬に手を出し、その結果、様々な形のバブルの崩壊を繰り返してきました。この過ちを、もう繰り返してはならない。
 人口は少しづつ減り、モノは余っています。大きな成長は望むべくもない。逆に、成長をしないということを前提にしてあらゆる政策を見直すならば、様々なことが変わっていくでしょう。もちろん、原発は要りませんし、大きな開発も必要ない。オリンピックも本当に必要なのかどうか。

 しかしきっと、何より難しいのは、三つ目の寂しさに耐えることです。
 一五〇年近く(短く見積もっても日清戦争以降の一二〇年間)、アジア唯一の先進国として君臨してきたこの国が、はたして、アジアの一国として、名誉ある振る舞いをすることが出来るようになるのか。
 その寂しさを受入られない人々が、嫌韓・嫌中本を書き、あるいは無邪気な日本礼賛本を作るのでしょう。
 私たちは、大きく二つの問題について考えなければなりません。一つは、私たち日本人のほとんどが人の中にある無意識の優越意識を、どうやって少しずつ解消していくのかということ。ここでは、教育やマスコミの役割がとても大きくなるでしょう。現状が、それとは反対の方向に向かっているように見えることは残念なことですが。
 もう一つは、この寂しさに耐えられずヘイトスピーチを繰り返す人々や、ネトウヨと呼ばれる極端に心の弱い方たちをも、どうやって包摂していくのかという課題です。これもまた時間のかかる問題です。

 今年は、敗戦後七〇年の年です。戦後一〇〇年まで(それを戦後として迎えることが出来るのなら)、これからの30年間は、日本と日本人が、この小さな島国(厳密に言えば中途半端な大きさを持ってしまった極東の島国)が、どうやって国際社会を生き延びていけるかを冷静に、そして冷徹に考えざるをえない三〇年となるでしょう。そのときに大事になるのは、政治や経済の問題と同等に、私たちの心の中、金子光晴が「精神のうぶすな」と呼んだ「マインドの問題」に向き合うことだと私は思います。「寂しさが銃をかつがせ」ることが再び起こらないように、私たちは、自分の心根をきちんと見つめる厳しさを持たなければなりません。寂しさに耐えることが、私たちの未来を拓きます。
    −−平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』講談社現代新書、2016年、12−15頁。

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