覚え書:「耕論 パリ協定へ背向けた米 森本あんりさん、米本昌平さん、REINAさん」、『朝日新聞』2017年07月05日(水)付。

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耕論 パリ協定へ背向けた米 森本あんりさん、米本昌平さん、REINAさん
2017年7月5日

コラージュ・宮嶋章文  

 トランプ米大統領が決めた、パリ協定からの離脱。粗雑にもみえる判断の背景には、何があるのか。地球温暖化対策の国際的枠組みからの米国の離脱は、世界に何をもたらすのか。

 ■国際的枠組みに反感強く 森本あんりさん(国際基督教大学副学長)

 日本から見ると、パリ協定離脱は理解に苦しみますが、米国の視点からはそう驚くことでもありません。米国の保守派には、地球温暖化への反知性主義的な不信が根強くある。でっち上げだ、リベラルの陰謀だ、というわけです。

 そうした陰謀論は、米国の歴史の中で常に存在してきました。反知性主義という言葉の生みの親である歴史家のホフスタッターは、それをパラノイア(妄想傾向)と呼びました。19世紀にはカトリックが陰謀団体と見なされ、その後もフリーメーソンなどがやり玉に挙げられた。トランプ氏の選挙戦での発言も、多くが陰謀論的でした。

 パラノイアと密接に結びついているのが、大きな政府や権力に対する疑念です。米国は基本的に「田舎の人」の国です。町という小さな単位で、保安官がけんかの仲裁をするのは認めるけれど、州政府の規模になると信用しない。ましてや連邦政府のすることなどはすべて疑います。

 当然、国際間の協定など受け入れられない。パリ協定への不信感も、科学そのものへの懐疑というより、国際的な枠組みが科学を押しつけてくることへの反感が大きい。

 これが、国連に手足を縛られるのは御免だ、米国はやりたいようにやるという考え方につながります。ジョージ・W・ブッシュ元大統領の「ブッシュ・ドクトリン」がそれで、トランプ氏も同じです。

 その一方で、「米国の信条」を世界に広げたいという考えもある。正義と公正、自由、民主主義という米国の価値を、各国に拡大すべきだ、と。この普遍的信条と主権至上主義とが常に拮抗(きっこう)していて、信条が前面に出ると世界をリードする力になりますが、反対の考え方が前面に出ると、パリ協定離脱のようなことを引き起こします。

 ただ、一時的には片方に振れても、バランス回復の仕組みが米国には埋め込まれています。トランプ氏が署名した一部のイスラム圏の国々からの入国禁止令を、当初、連邦地裁が差し止めたのは、そういう権力分立の一例です。

 その根っこにあるのは、人はみな罪人で、権力を握れば必ず悪用するというキリスト教的な人間観です。だから、権力を別の権力で抑える。一方で、同じ人間観が政府不信と陰謀論にもつながる。

 パリ協定離脱が取引(ディール)だとすれば、トランプ氏は、規制を受けないという利益を、世界のリーダーシップと引き換えに手に入れたことになります。取引のために、正義や公正といった「米国の信条」を犠牲にした。

 差し出したものの大きさにいずれは米国人も気づく。ある程度の時間はかかっても、揺り戻しは起きるはずです。その力となる機能や精神は、なお健在だと思います。(聞き手 編集委員・尾沢智史)

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 もりもとあんり 56年生まれ。専門は神学、アメリカ研究。著書に「反知性主義」「アメリカ的理念の身体」など。

 ■禁じ手まで持ち出すかも 米本昌平さん(東京大学客員教授

 パリ協定を離脱するというトランプ大統領の演説は支離滅裂でした。中国と比べアメリカは不利だと主張し、この点はその通りですが、他は何も言っていないに等しい。

 ただ、トランプ大統領温暖化懐疑論を言い出したことの影響は大きい。冷戦後に国際政治に浸透した理想主義をはぎ取ってしまうからです。

 京都議定書は2008年〜12年の二酸化炭素(CO2)排出量の削減を、先進国に国際法で義務づけました。CO2排出量は一国の経済活動に近く、その削減を国際法で決定したのは初めてでした。

 冷戦後は、温暖化問題を最重要とする価値観が国際政治を支配した。こうした動きに対し、米国は常に外側にいました。そう強いたのは1997年7月の米上院でのバード・ヘーゲル決議です。明確な削減数値が入っている合意や議定書は批准しないというもので、全会一致でした。だからブッシュ大統領は着任早々の2001年に京都議定書から離脱したのです。

 温暖化問題を重視するオバマ大統領は、中国の成長などで京都議定書の枠組みがもたなくなった09年にコペンハーゲン合意をまとめ、15年のパリ協定の成立にも力を注ぎ、環境問題で米国はリーダーシップを発揮しました。

 しかし、そのパリ協定は、産業革命前からの気温上昇を2度未満に抑えるという高い目標を掲げながら、他方で具体的な対策は加盟国の自主規制に委ねる、ごく普通の国際合意に後退しました。温暖化問題が軍縮と同列の外交課題の一つになったのです。

 だから、南シナ海などで対立する米中が唯一協力できるのが温暖化対策であり、昨年9月、オバマ大統領は中国と同じ日にパリ協定を批准した。大統領権限で批准できたのは、上院の同意がいらない緩い合意だったからです。理想主義が色あせるなかで、ガラス細工の合意でした。

 トランプ氏のパリ協定離脱は、その脆弱(ぜいじゃく)な仕組みすら崩すもので負の効果は大きい。

 もっとも、対策を各国に委ねるパリ協定では高い目標の達成はとても無理です。そんな中で国際社会では、ジオエンジニアリング(気候工学)で温暖化を抑えるというアイデアが出てきた。

 最も議論になっているのが、軍用機で成層圏にエーロゾルを注入し、地球を冷やす方法です。1991年のピナトゥボ火山の大噴火で、地表の気温が下がったのと同じ原理。むろん科学者の大半は大反対の禁じ手です。しかし、トランプ大統領なら、パリ協定離脱にとどまらず、「みなさんお困りなら最強の米軍が地球を冷やしてあげましょう」と言うところまで行きかねない。その時の対応を今から考えておいた方がよいかもしれません。(聞き手 編集委員・村山正司)

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 よねもとしょうへい 46年生まれ。専攻は科学史・科学論。著書に「地球環境問題とは何か」「地球変動のポリティクス」など。

 ■科学でなく感情の問題に REINAさん(タレント)

 私が生まれ育った米国の東海岸ニュージャージー州は自然豊かで、自宅の庭にはリスやシカも遊びに来ます。民主党が強いリベラルな政治風土です。子供のときから環境問題の授業を受け、高校生の頃は自然保護センターで森のツアーガイドのボランティアをしたこともあります。

 トランプ大統領がパリ協定からの離脱を宣言したのは、私が小さい頃から学んできたことと全く逆のこと。「もう、ありえない」って思っちゃいました。

 二酸化炭素の排出と地球温暖化の関連は明らかで、科学的な証拠もあります。でもこの問題は科学ではなく、政治的な感情の問題になってしまったようです。

 共和党が強い地域では、環境教育はあまり熱心にされず、地球温暖化なんて全く信じない人もいます。トランプさんの勝利の力となったラストベルト(さびついた工業地帯)の人たちは、自分たちの仕事を確保すること、「自分ファースト」で、地球のことを考える余裕はありません。世界から孤立するなんて、どうでもいいのです。

 新聞、テレビ、ネットには情報があふれています。でもみな自分の信じるものしか読もうとしない。国が二つに割れ、分断された人たちの間では話が全く通じなくなってしまいました。環境問題だけではありません。貧富の格差、銃規制の問題もそうです。米国が壊れていくようです。

 トランプさんは、「こんなことをやっている」と次々に見せて、「観客」を飽きさせないようにするのが得意です。ニュースの見出しだけで人々をひきつける。世界は複雑なのに、「アメリカ・ファースト」とか言って単純化してしまうのです。

 中東などからの入国制限も、メキシコとの国境の壁も、よく考えると矛盾だらけ。最近は国境の壁に太陽光発電のパネルを付けると言っています。環境重視を意味するのなら、パリ協定から離脱するという判断と矛盾しますよね。

 最初は、トランプさんの過激な発言は選挙用のパフォーマンスだろうと思っていました。大統領になったら責任感を持ち、ビジネスマンとして磨いたスキルを生かして慎重にやるのでは、と少しは期待したのですが、変わっていないようです。

 ただ、米国ではトランプさんのような考え方を支持する人がいる一方で、「それはおかしい」と異議を唱える人もいます。連邦政府がパリ協定から離脱しても、州政府や都市、企業からは「私たちは協定を守る」という主張が出てきます。芸能人も、おかしなことはおかしいと声を出します。社会に多様な意見があることが、米国の民主主義のいいところ。それが希望です。(聞き手・桜井泉)

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 レイナ 88年生まれ。両親は日本人。米の大学や大学院でテロ対策を研究し2014年に来日、お笑いコンビでデビュー。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S13019225.html





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