覚え書:「書評:松本清張の葉脈 南富鎭 著」、『東京新聞』2017年10月15日(日)付。

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松本清張の葉脈 南富鎭 著  

2017年10月15日
 
◆兵隊体験を比較する視点
[評者]権田萬治=文芸評論家
 著者は韓日比較文学、特に植民地主義と文学の研究者として知られ、本書『松本清張の葉脈』もその分野の長い研究成果を踏まえての清張論である。第一部「清張文学の系譜」、第二部「清張文学の葉脈」の二部構成だが、研究分野と重なる第一部が特に著者の強みを生かした内容で優れている。
 著者はまず、清張の朝鮮での兵隊体験を、丸山真男の同時期の同じ兵隊体験と比較検討するところから始めている。高等小学校卒で学歴差別を受けていた清張の被差別者としての軍隊体験が、普通の人の兵役体験とは大きく違っていたことはよく知られている。しかし、それを東京帝国大学助教授で、平時なら権力の側に組み込まれることが約束されているエリートの丸山真男の兵隊体験と対比して分析する試みは、私の知る限り日本人研究者にはなかった。それだけにこの視点は実に新鮮で面白い。
 また、「松本清張の従軍鉄道と張赫宙」の章も現地をよく知る著者でなければ書けない内容で、貴重な指摘が多く見られる。鉄道のこともそうだが、清張が十八歳の時に書いたという幻の習作の主題と、張赫宙が書いた「餓鬼道」という作品が似通っているとの指摘も私には興味深かった。
 続く第二部は、清張の膨大な業績を「フィクション・ノンフィクション・真実」「証言・偽証・冤罪(えんざい)」「社会派推理小説・自殺・失踪」「美術・真贋(しんがん)・史伝」という独特の四つの切り口で分析している。清張の小説に自殺や失踪が多いことを当時の自殺統計と関連づけて論じた点など、興味深い指摘も多いが、総じて第二部は第一部に比べてやや論理的な飛躍が多く、説明が不十分で説得力が乏しい部分がある。
 このような不満は残るものの、清張のフィクションとノンフィクションを往復する独自の方法や大衆性に疑問を投げかけるなど、著者独自の刺激的な問題提起が含まれており、ユニークな清張論になっていると思う。
 (春風社 ・ 2916円)
<なん・ぶじん> 1961年、韓国生まれ。静岡大教授。著書『翻訳の文学』など。
◆もう1冊 
 郷原宏著『松本清張事典 決定版』(KADOKAWA)。推理・時代小説から古代・現代史研究まで、その作品と魅力を解説。
    −−「書評:松本清張の葉脈 南富鎭 著」、『東京新聞』2017年10月15日(日)付。

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