覚え書:「特集ワイド ビール党に聞いた 究極の一杯はこれ!」、『毎日新聞』2017年07月05日(水)付夕刊。


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特集ワイド

ビール党に聞いた 究極の一杯はこれ!

毎日新聞2017年7月5日 東京夕刊

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ビールを手に笑顔の椎名誠さん=東京都新宿区で、宮武祐希撮影
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 夏はビールがおいしい。ひと仕事終えた後や風呂上がりは格別だ。しかし、6月の改正酒税法施行で酒類の過度な安売りが罰則付きで規制され、ビール好きには懐が痛い。ならば、よりおいしく飲みたい。「究極の一杯」を味わうため、ビール党に指南してもらった。【小松やしほ

<「ビールの風呂につかりたい」 夢が実現!?>
<乾杯!福島で7年ぶりビアガーデン>
<ビアガーデンは「オヤジ」から「女子会」へ>
 まずは大のビール好きで有名な作家の椎名誠さん。行きつけの東京・新宿3丁目の居酒屋でグラスを傾けつつ「乾杯はビールだよね。僕は最初はビールじゃないと嫌なんだ」。

 さすがビール党。さぞや飲み方にこだわりが、と問えば「改めて聞かれると、正しいビールの飲み方なんて、あんまりないような気がする。それぞれが好きなように飲めばいいんだよ。ビールは自分流に飲むというひと言に尽きる」。そう話して、ニカッと笑う。

 椎名さんにとって、どんな時に飲むビールが最高なのか。それは「怪しい雑魚釣り隊」のメンバーとキャンプをする時だという。この怪しい集団。年齢も職業もバラバラの男ばかりが、毎月のようにキャンプをしては、気ままに釣りをしたり、ビールを飲んだりしている。

 「ビールの冷え加減、気温、湿気。微妙な差だけれど、いろんなファクターがベストにかち合った時が一番いい。乾杯している顔ぶれが気心知れているっていうのも大事だよね」

 椎名流、過去最高のビール!を聞くと「オーストラリアのグレートバリアリーフで、ダイビングの後に船の上で飲んだビールだね」。世界を駆け回ってきた椎名さんらしい。

 30年ほど前のこと。「テレビのロケで海に1日4〜5本潜るハードスケジュールだったんだけど、空気タンクに入っている圧縮空気は超乾燥しているし、海に潜る緊張感もあるから、喉はカラカラ。その後、船に上がって夕日を見ながらグビグビ。それだけでもうまいけど、大げさに言えば『きょうも生きて戻って飲めた』みたいなね。あれはビールのうまさというより、いろんな条件がそろっておいしくなったという代表的な例じゃないかな」

 「自分流」の対極にある「お酌」は嫌いだという。「有名料理店で、小さな仏様にあげるようなグラスで、仲居さんが酌をしてくれて、まだ残っているのにつぎ足したりする。お上品ぶって一番まずいナンセンスな飲み方だね。つぎ足すなら自分でやります」


生ビールを前に座る川本三郎さん=東京都千代田区で、小出洋平撮影
 エッセー集「旅先でビール」の著書がある評論家の川本三郎さんは「晩酌にビール、が始まったのは昭和の初めころです」と教えてくれた。小津安二郎監督のサイレント映画「青春の夢いまいづこ」(1932年)に、会社勤めの父親が家に帰って浴衣に着替え、くつろいでおいしそうにビールを飲む場面があるという。その姿を見ながら、お手伝いの女性がひと言。「旦那様は夕方、ビールを召し上がる時がいちばん幸せそうでございますね」

 川本さんは「昔からビールはぜいたく品。戦後は特に配給制だったこともあって、庶民はそうそう飲めないものでした」と解説する。黒澤明監督の「野良犬」(49年)では、真夏に汗だくになりながら犯人の行方を追う若い刑事を、先輩刑事が「配給のビールがあるのを思い出した」と自宅に誘う場面がある。若い刑事役は三船敏郎。「ちゃぶ台に向き合って、いかにもおいしそうにビールを飲むんだよね。いいシーンです」

 そんな川本さんの珠玉の一杯は、旅先でのビールだ。「ローカル線の駅で降りて数時間散策した後、次の列車を待つ間に駅前食堂で飲む一杯は最高です」。駅前食堂も少なくなりつつある昨今、よく利用するのはラーメン屋だ。「日本酒は差しつ差されつだけど、ビールは1人で飲んでもいい。ビールのいいところはどんな田舎町でも味が変わらないところですよね。安心感がある」


室井佑月さん
 一方、風呂上がりのビールにこだわるのは、作家の室井佑月さん。「浴室を出てバスタオルを巻いたまま冷蔵庫に直行して、350ミリリットル缶をグイッと飲むまでが、お風呂上がりの一連の動作です」。入浴したら必ずビールを飲むという。蒸し暑かったり、すごくのどが渇いていたりすれば、もうひと缶。だが、たいていの日は1本。1本だけだからこそ、風呂上がりの体にうまさが染み渡る。室井さんは「風呂上がりに仕事を終えてプライベートへと流れを変える時、昔からのなじみの味のビールでひと息つくのです」。


藤原ヒロユキさん
 ビールに関するオピニオンを発信する「日本ビアジャーナリスト協会」の代表理事で、イラストレーターの藤原ヒロユキさんの飲み方はこうだ。

 缶や瓶を開けた瞬間、グラスに注いだ時の泡の音に耳を澄ませ、モルトやホップ、酵母の香りを楽しむ。色、透明感、泡立ちを見て、口に含んで苦みや甘みや酸味を味わい、最後に喉ごしを感じる。「多くの日本人は喉を通る炭酸の刺激(触覚)だけを楽しんでいますが、ビールは五感で味わうもの」と話す。

 大手のビール会社だけでなく、地ビールクラフトビールなど日本のビール文化は広がりを見せている。「苦みの利いたものから甘くてフルーティーなもの、酸味のあるもの。炭酸の強弱。色の違い……ビールの魅力は多彩なところなんです」

 いつ、どこで飲むか。どんな料理に合わせるか。1人で飲むのか、大勢で飲むのか。「どんなシチュエーションでも、合わせられるビールが日本にはあります」。そこで、「今」飲みたいビールを聞いてみた。曇りでちょっと蒸し暑く、まだ夕方というには早い午後のインタビューである。

 「小麦のビールがいいですね。軽く酸味があって、アルコール度数は高くなく、バナナのような香りがかすかにあって、喉ごしがスムーズな苦みが薄いもの。レモンタルトと合わせたいね。あるいは酸味のしっかりしたレアチーズケーキもいいんじゃないかな。ビールは陽気でフランクなお酒。『とりあえずビール』もいいけれど、ビールはどれも同じ味という固定観念を捨て、いろいろ試してほしい」

 キンキンに冷えたビールには苦言を呈する。「凍ったジョッキはグラスの内側にも霜がついて、要らない水で薄めているようなものです」

 蒸し暑い日々が続く。きょうは早く仕事を終わらせて、グイッと一杯いきますか。
    −−「特集ワイド ビール党に聞いた 究極の一杯はこれ!」、『毎日新聞』2017年07月05日(水)付夕刊。

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