覚え書:「激動する世界と宗教 隣人愛の危機、声上げ続ける ルーテル世界連盟、ムニブ・ユナン前議長に聞く」、『朝日新聞』2017年09月22日(金)付。


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激動する世界と宗教 隣人愛の危機、声上げ続ける ルーテル世界連盟、ムニブ・ユナン前議長に聞く
2017年9月22日


写真・図版
ムニブ・ユナン前議長。宗教的精神に基づいて世界平和を推進する個人や団体に贈られる「庭野平和賞」を受賞し、来日した=山本和生撮影

 トランプ政権下の米国をはじめ、世界では人々の分断をあおる言葉が飛び交っている。この流れにどう向き合えばいいのか——。中東エルサレムから一人の宗教者が来日した。民族や宗教が複雑に絡む問題に取り組む人物だ。「確固たる穏健」を自負する宗教者の話に、考えるヒントを求めてみたい。(磯村健太郎、高久潤)

 ■「確固たる穏健」 異なる他者と共生探る

 このほど来日したのはパレスチナ人のムニブ・ユナン氏(67)。信者数7400万とされるプロテスタントルーテル教会の世界連盟議長を5月まで務めた。ルターによる宗教改革から今年で500年。それを前に昨秋、カトリック教会のローマ法王と共同声明に署名した人物だ。

 カトリックプロテスタント宗教戦争まで繰り広げた歴史がある。「法王と共に、教会の分裂を悔い改め、前へ進むことを誓いました」。朝日新聞の取材に、ユナン氏は語った。「対話開始から署名まで50年。忍耐の歳月でした」

 そんな歴史的な場面にも関わったユナン氏は1980年代から、異なる民族・宗教の対話を促す活動をしてきた。

 イスラム教とユダヤ教、そして中東では少数派のキリスト教の聖地が集まるエルサレムは、常に一触即発の危険をはらむ。イスラエルは全域を「首都」と主張し、パレスチナは東エルサレムを「将来の首都」とする。その地で双方の宗教者と信頼関係を築き、橋渡しをしてきた。

 2005年にはイスラム教やユダヤ教の指導者らとともに「聖地宗教評議会」を立ち上げた。次世代に憎悪の感情を受け継がせないために力を入れたのは教育問題。イスラエルパレスチナ双方のすべての学校教科書の問題点を調べた。

 すると、互いを「敵」と見なす一方的な記述があったり、相手側の宗教についての説明がなかったりということが分かった。

 「これでどうやって共に生きていくことができますか? 相手側には歴史をめぐる別の『物語』があることを理解し、受け入れなければならないのです」。両政府に記述の見直しを求めているが「小さな挑戦ではありません」。

 双方の衝突があるたびに、地道な努力は振り出しに戻りかねない。

 「忍耐しかありません。そうでなければ過激主義が勝利してしまう。過激主義者たちは人々の憎悪をあおり、暴力に訴えようとします。それに乗ってしまうのは簡単なことです。しかし、私たちの信念は『確固たる穏健』。波に逆らって泳ぐようなものです」

 政治レベルで和平を模索するのも大事だが、民衆レベルで互いの理解が進まなければ真の解決はないというのが持論だ。

 「私たちはいま、『隣人愛の危機』に直面しています。隣人を愛するとは情緒的なことではなく、自分とは異なる人たちの多様性を知り、その痛みを理解することです」

 「私はユートピア的な解決を語っているわけではなく、現実的な解決を求めているのです。私たちは自分が望むような隣人と暮らすわけではない。あるがままの隣人と共に生きなければならないのです」

 その視線の先には、中東以外で起きている潮流も映っている。例えば、シリア難民の受け入れに反対する欧州諸国の右派の動き。あるいはトランプ大統領の排他的なアメリカ・ファースト。「そうしたポピュリズムと中東での過激主義は、他者の権利を否定するという意味で同じ。あるべきはヒューマニティー・ファースト(人道第一主義)です」

 人々の和解に関わる動機は、自身の生い立ちに根ざしている。両親はパレスチナ難民だった。

 「地球上の誰一人として、難民になってほしくない。人としての尊厳がもたらされるまで声を上げ続けます。ただ、忍耐を失いそうになることはあります。そんなときは神にゆるしを乞う。もう一度チャンスをくださいと祈るのです」

 ■「過激主義」、日本でも横行 長沢栄治・東京大東洋文化研究所教授(中東地域研究)

 宗教や宗派の違いが原因でテロや暴力が起き、分断が広がっているのではありません。大国のエゴや政治経済的な原因を覆い隠すために宗教の違いが持ち出され、宗教的な情熱が利用されている。現代社会の「分断」を理解するのにそれを押さえないといけません。

 難民出身のユナン氏はそのことを百も承知の上で、宗教間の対話を促そうとしています。「確固たる穏健」という信条に込められているのは、繰り返される暴力を止め、誰もが平和に暮らすために宗教者はどういう役割を果たせるのかという問いです。

 パレスチナ問題の歴史を振り返り、植民地主義の不正を大声で糾弾するのではなく、まずは手の届く範囲の市民同士の対話から始める。教科書を見直すのもその実践です。対立や偏見に利用されている宗教側がそれを内側から解きほぐすために東奔西走している。

 対立や偏見は普遍的な問題です。日本でも、ヘイトスピーチをはじめとした、自分と違う人を認めない言葉を吐くことに快楽を感じる「過激主義」が横行している。パレスチナ問題はある地域の特殊な問題ではない。もし遠い話だと思うなら日本社会が今ある問題を直視していない証拠だと言えるでしょう。
    −−「激動する世界と宗教 隣人愛の危機、声上げ続ける ルーテル世界連盟、ムニブ・ユナン前議長に聞く」、『朝日新聞』2017年09月22日(金)付。

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(激動する世界と宗教)隣人愛の危機、声上げ続ける ルーテル世界連盟、ムニブ・ユナン前議長に聞く:朝日新聞デジタル