覚え書:「ハックルベリー・フィンの冒けん [著]マーク・トウェイン [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2018年02月18日(日)付。

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ハックルベリー・フィンの冒けん [著]マーク・トウェイン
[評者]横尾忠則(美術家)
[掲載]2018年02月18日

■ヤバイ少年魂、老年期にこそ

 133年前の名作がなぜ書評に? 驚きますよね。頁(ページ)を開くと漢字は数えるほど。平仮名と片仮名ずくめ。題名も「冒険」ではなく「冒けん」。児童本? 「NO!」。従来の翻訳は「何が語られているか」が問題。本書は違います、「どう語られているか」が重要。浮浪者のような少年ハックが一人称で語り、そして書く(スペルの間違いにも無頓着)方言も翻訳者が素晴らしい口語体に訳し、あの時代、あの場所に読者をアブダクト(拉致)してくれる。アメリカ文学はここから始まったとヘミングウェーに言わしめた、マーク・トウェインの歴史的記念碑作でもあります。
 本書の前編『トム・ソーヤーの冒険』は毒気の抜けた良い子のための児童書って感じだが、某批評家はトムを「good bad boy」と呼び、ハックを「bad bad boy」と呼ぶ。『ハックルベリー・フィンの冒けん』は人種差別に対する痛烈な批判によって悪漢小説として禁書に選定されたこともあります。
 ちょっと話題を挿絵に振ると、ここにはノーマン・ロックウェルの原質がある。まるで舞台の名演技を見ているように思えます。
 ハックは自由奔放で無防備、無手勝流。黒人ジムとのロードムービー的川下りには南部の生活が生き生きと活写され、それがぼくたちの子供時代の原郷へ魂が運ばれていくそんな現実と幻想の中で、内なる野性の少年魂の呼吸がうずく。学校に興味のなかった僕たちガキ大将の集団は野山や川を疾風のように駆け抜ける野盗の一団で、誰もがハックでトムになりたがる奴(やつ)はひとりもいなかった。
 僕たちが抱えているパンドラの函(はこ)にはヤバイ、ダサイ、エグイ冒険心と不透明な悪意がどっさり詰まっていた。その中身は老年期真っただ中で創造の宝物に変わって今こそ必要とするハック魂に気づかされた思いです。本書は老年期のための大人の児童書だと勝手にきめつけています。
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 Mark Twain 1835〜1910 米国の小説家。訳者の柴田元幸氏は54年生まれ。翻訳家。東京大名誉教授。
    −−「ハックルベリー・フィンの冒けん [著]マーク・トウェイン [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2018年02月18日(日)付。

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ヤバイ少年魂、老年期にこそ|好書好日









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