覚え書:「2017衆院選 リベラルとは:上 「民主化」「中道」こそ、目指した道 歴史家・坂野潤治さん」、『朝日新聞』2017年10月13日(金)付。

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2017衆院選 リベラルとは:上 「民主化」「中道」こそ、目指した道 歴史家・坂野潤治さん
2017年10月13日
 
歴史家・坂野潤治さん
 
 衆院選で政党の枠組みが変わる中、最近よく聞くのが「リベラル」という言葉だ。直訳すると「自由な」という意味だが、わかるような、わからないような。長く戦前のデモクラシーを分析し、『帝国と立憲』の近著がある歴史家の坂野(ばんの)潤治・東大名誉教授に意味をたずねると、「近現代史の構図を理解すれば難しくない」と意外な答えが返ってきた。日本の政党政治におけるリベラルとは何か。

 注目を浴びたきっかけは、民進党の分裂劇だ。同党の前原誠司代表は、小池百合子都知事らが旗揚げした希望の党との合流をめざした。しかし小池氏側は改憲支持や安全保障法制の容認などを求め、一部の民進議員を「排除」。その対象になった議員や新たに結成された立憲民主党が「リベラル勢力」「リベラル新党」と呼ばれた。

 坂野さんはまず、欧米の歴史に根ざした思想としてのリベラリズムと、政党政治におけるリベラルは区別するべきだという。

 「リベラルとは、既存の価値を守ることを重視する保守と急激な改革を志向する急進の間にある中道を指す。だから、『改革保守』を掲げる希望の党は本来思想的にはリベラルに位置づけられる。それがリベラルの排除を語るから、わけがわからなくなっている」

 この混乱について坂野さんは、第2次大戦終戦を境に、中道を意味するリベラルが日本特有の価値を帯びるようになったことを原因としてあげる。

 「大政翼賛会と悲惨な戦争への反省から、自由と平和こそが戦後の新たな価値になった。戦後民主主義です。これが実際の議会の政治勢力とは別に『リベラル』と呼ばれた。だからこそ、政党を横断してリベラル系と呼ばれる。少なくとも第2次石油危機(1979年)の頃までは、保守であっても急進であってもリベラルを公には否定しづらかった」

 現在は、かつて革新勢力とされていた社民党共産党がリベラル勢力と呼ばれることもある。「リベラルが中道ではなく9条堅持の護憲と重ねられるから、安倍(晋三)首相は毛嫌いし、小池氏には『排除』される」

 ■「格差是正」戦前も

 言葉の意味をとらえ直すには、戦前のリベラル=中道の歴史を振り返るのが有効だと、坂野さんはいう。

 明治維新以降、近代の政党史は、藩閥政府を担っていた「保守」、議会の開設や二大政党制を目指していた福沢諭吉などの勢力が「中道」、より徹底した民主主義を求めた板垣退助ら自由民権派などが「急進」とされ、「3者が常にせめぎあってきた」。

 「著書『西洋事情』で自由という言葉を広めた福沢ら中道は、時に政府を担う保守政治家と水面下で交渉し、急進からは『官民調和の妥協ばかりで御用学者』などと批判にさらされた」

 1890年に実現する国会開設をめぐる議論では、当初接近した保守と中道が決裂。保守と急進も対立を強める中で、かつて中道が求めていた英国のような立憲君主制ではなく、天皇主権の明治憲法が起草された。

 異なる3者の対立軸になっていたのが、政治制度などの民主化へのスタンスだった。国会開設、政党内閣、男子普通選挙などをどの程度認めていくのか。明治憲法の制約はあったが、激しい論争が議会内外で繰り広げられた。

 「振り返って読み直しても、大正デモクラシーの代表的存在である吉野作造は、今で言う『格差是正』のような思想をすでに唱えている。他方、反軍演説で知られる昭和初期のリベラル代表の斎藤隆夫は、急進の立場の政治家から労働者の実情が理解できていないと厳しく批判されていた」

 リベラル=中道は、急進の改革要求を吸収しながら発達していった、と坂野さんは指摘する。

 ■平和主義守ったが

 「歴史を踏まえて言葉の意味が変わっていくのは当然だ」としながらも、坂野さんは、戦後リベラルが社会の民主化を進めるという方向性を忘れているのではないかと懸念する。戦後民主主義は、憲法9条に象徴される平和主義を守ったかもしれないが、格差是正や多様性の尊重など、民主主義の課題にきちんと向き合ってきたかという問いかけでもある。

 「海外に目を向けると、雇用が不安定な若者ら従来の政治ではすくい取れなかった人たちを吸引する勢力が出てきている。米国の民主党のサンダース上院議員や英国の労働党のコービン党首らがそうだ。だが日本の政党や政治家の動きは鈍いと思う」

 「日本の政党政治が9条堅持か否かといった戦後民主主義をめぐる対立に終始するなら、政治と社会との乖離(かいり)が進んでしまう。今回の選挙の結果、仮に安倍1強政治が終わったとしても、この対立が続くだけなら意味がない。リベラル勢力に課された問題だ」(高久潤)

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 ばんの・じゅんじ 1937年生まれ。専門は日本近代政治史。『近代日本の国家構想』『日本憲政史』など著書多数。

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 今回の衆院選をめぐるキーワードの一つとなった「リベラル」の歴史と現状を、2回に分けて考える。
    −−「2017衆院選 リベラルとは:上 「民主化」「中道」こそ、目指した道 歴史家・坂野潤治さん」、『朝日新聞』2017年10月13日(金)付。

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(2017衆院選 リベラルとは:上)「民主化」「中道」こそ、目指した道 歴史家・坂野潤治さん:朝日新聞デジタル






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