覚え書:「10万個の子宮―あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか [著]村中璃子/反共感論―社会はいかに判断を誤るか [著]ポール・ブルーム [評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)」、『朝日新聞』2018年03月11日(日)付。

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10万個の子宮―あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか [著]村中璃子/反共感論―社会はいかに判断を誤るか [著]ポール・ブルーム
[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)
[掲載]2018年03月11日

■専門家に求められる冷静な判断

 「他のシンポジストは患者を診ていない!」。子宮頸(けい)がん(HPV)ワクチンに反対する医師が、日本小児科学会のシンポジウムでワクチンを支持する登壇者たちに放った言葉である。
 子宮頸がんワクチンは二〇一三年四月に厚生労働省が定期接種を導入したが、副反応があるという訴えを受けて、わずか二カ月後に接種勧奨を撤回した。結果、接種率は七〇%から一%に激減してしまった。これによる将来的な患者数の増大は相当なものになる。
 『10万個の子宮』の著者・村中璃子は、客観的なデータに基づいて、ワクチンに反対する医師らを批判し続けてきた。しかし反対派の活動は執拗(しつよう)で根強く、村中の記事が差し止められたり、名誉毀損(きそん)で訴えられたり、有形無形の圧力が深く広く進行している。
 このような危機的状況を招いた原因は、当「朝日新聞」を含むマスメディアの報道姿勢にも問題があるが、ぼくが一番気になるのは、医師の言動である。科学的であるべき専門家が、なぜ疑似科学的な反ワクチン運動を主導するのか。
 その鍵のひとつが、冒頭の医師の発言ではないかと思う。彼らは、ワクチンを接種した少女たちが激しい心身の不調に苦しむのを目の当たりにして、なんとかしなければという義憤にかられているのではないか。
 しかし、医師が患者に過度の思い入れを持つことは、むしろ弊害が大きい。専門家には、客観的で冷静な判断も求められる。
 ポール・ブルームの『反共感論』は、このような情動的共感はむしろ害が多いと説く。情動的共感は対象の範囲が狭く、それ以外の出来事への配慮を阻害する。つまり、自分にとって都合のよい事例についてのみ注目し、それ以外を切り捨てるようにはたらくのだ。
 これは二五〇年ほど前にアダム・スミスが説いたところと大きく変わるものではない。同じ見解が未(いま)だに有効とは、ぼくたち人間は、なんと進歩しないことか。
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 むらなか・りこ 医師、ジャーナリスト。ジョン・マドックス賞受賞▽Paul Bloom 米イェール大心理学教授。
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