覚え書:「文庫この新刊! 池上冬樹が薦める文庫この新刊!」、『朝日新聞』2018年04月07日(土)付。

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文庫この新刊! 池上冬樹が薦める文庫この新刊!

文庫この新刊!
池上冬樹が薦める文庫この新刊!
2018年04月07日
 (1)『長いお別れ』 中島京子著 文春文庫 713円
 (2)『背教者ユリアヌス』(全4巻) 辻邦生著 中公文庫 1・3・4巻1080円、2巻 1188円
 (3)『パーソナル』(上・下) リー・チャイルド著 小林宏明訳 講談社文庫 各994円
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 (1)は、認知症の父を抱えた家族の10年の物語で、視点と舞台を変えてオムニバス風に綴(つづ)る8章構成。米国を舞台にした第2章「私の心はサンフランシスコに」がいい例だが、知的でクールでユーモラス、優れた都会小説の仕上がりだし、終章「QOL」は孫の視点から祖父の最期を語らせて余韻がある。認知症の患者をもつ家族の苦悩に焦点をあてつつも、そこから普遍的な人間の営みの悲しみと喜びを掬(すく)い取り、何とも穏やかな感動を生み出している。懐の深いおおらかな人間喜劇だ。
 (2)は、4世紀のヨーロッパを舞台にした歴史小説の金字塔であり、叙事詩文学の古典。青春小説、キャラクター小説としても読めて(第3巻の須賀しのぶ解説参照)、歴史に全く関心のない10代をも夢中にさせる物語の面白さがあるし、辻文学が訴えてやまないテーマである“永遠の歓喜”に心震わせるはずだ。いまから46年前、高校生の僕は分厚い箱入りの単行本で読み、あまりの面白さに“結末などないほうがいい!”と思ったほど。
 (3)は、いつまでも読み続けていたい元軍人ジャック・リーチャーものの新作。トム・クルーズ主演で映画化されているシリーズだが(『アウトロー』『ネバー・ゴー・バック』)、原作のほうが数倍優れていて世界中に熱狂的なファンがいる。作者のチャイルドはいまや巨匠の一人。(3)は、2月刊のピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』(創元推理文庫)とエルモア・レナード『オンブレ』(新潮文庫)と比べたら大分落ちるけれど(2冊は大傑作)、それでも読み応えがある。ハードボイルド&冒険小説でありながら本格推理の要素もあるシリーズの特徴が良く出ている。今回はスナイパーを追及する物語で、スパイ・謀略小説になりそうなのに、いかに敵を探り、いかに暗殺を阻止するのか、どのように相手の裏をかくのかといった本格探偵なみの洞察が光る。シャーロック・ホームズならぬシャーロック・ホームレスとよばれるリーチャーの面目躍如だ。
 (文芸評論家)
    −−「文庫この新刊! 池上冬樹が薦める文庫この新刊!」、『朝日新聞』2018年04月07日(土)付。

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