覚え書:「猫はこうして地球を征服した―人の脳からインターネット、生態系まで [著]アビゲイル・タッカー [評者]柄谷行人(哲学者)」、『朝日新聞』2018年03月25日(日)付。

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猫はこうして地球を征服した―人の脳からインターネット、生態系まで [著]アビゲイル・タッカー
[評者]柄谷行人(哲学者)
[掲載]2018年03月25日

■人間の方が飼いならされている

 昔から、猫好きと犬好きの人がいて、大真面目に議論してきている。たとえば、経済学者宇野弘蔵は、学者を犬派と猫派に分けて論じていた。私の経験でも、猫と犬はまったく違う。子供の頃に飼っていた猫は三匹とも、死期が近づくと失踪してしまった。また、猫は犬のように素直に近寄って来ず、微妙な駆け引きをする。
 本書は、このような猫と犬の違いについて、近年の遺伝子学・動物行動学などの成果にもとづいて解明したものである。犬は、その先祖であるオオカミのころから見て著しく変化したが、猫は小型化し可愛らしくなったとはいえ、性質も遺伝子もライオンと同じままだという。単独で行動し、決して群れない。その意味で、猫は本書の原題が示すように、「居間にいるライオン」である。猫を好む人はそれを感じているのだろう。ほとんど人間の役に立たない猫が世界中を席巻してきた理由もそこにある。人間に飼われているように見せかけて、実は人間を飼いならしている。
 ところが、猫派の私も、近年、深刻な疑問を抱くようになった。昨年アメリカのロサンゼルスにいたときのことだ。街角で50メートルほど離れた所に猫がいるのに気づいたら、猫も私に気づいたようで、猛然と駆け寄ってきた。一瞬、身構えたほどだが、その猫は近づくと、私に頭を下げてきた。頭をなでると、さっさと立ち去った。こういう目に三度もあった。これは「カルチャー・ショック」であった。もう一つは、日本で最近聞いたことで、年取った猫が飼い主によって介護された上で死ぬケースが多いという話である。
 かくして、私が長年抱いていた猫に関する固定観念はくつがえされた。しかし、これは猫がその本性を変えたからではないだろう。では、猫は人間社会の変化に適応するために「自己啓発」とやらをやっているのだろうか。いずれにしても、情けない話である。
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 Abigail Tucker 米国の「スミソニアン」誌記者。本書は多くの年間ベスト・サイエンス・ブックスに選ばれた。
    −−「猫はこうして地球を征服した―人の脳からインターネット、生態系まで [著]アビゲイル・タッカー [評者]柄谷行人(哲学者)」、『朝日新聞』2018年03月25日(日)付。

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