覚え書:「走り続けて 伝えることの難しさ 情報発信も研究者の仕事=山中伸弥」、『毎日新聞』2017年10月29日(日)付。


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走り続けて
伝えることの難しさ 情報発信も研究者の仕事=山中伸弥

毎日新聞2017年10月29日 東京朝刊


=小松雄介撮影

 「科学コミュニケーション」という言葉をご存じでしょうか。難しく、とっつきにくい印象のある科学の知識を、広く共有しようとする取り組みを指す言葉です。専門家と一般市民の間でのコミュニケーションはもちろん、ある分野で専門を究めた研究者でも、少し分野が変われば素人ですから、異なる分野の専門家同士のコミュニケーションも科学コミュニケーションと呼ばれます。

 iPS細胞のような生命科学、IT(情報技術)、AI(人工知能)といった先端技術など、さまざまな科学技術がものすごいスピードで進展しています。私は、新しい技術の可能性や課題について、その使い手である一般の皆さんと意見交換する科学コミュニケーションは、研究者にとって重要な仕事の一つだと考えています。

 現在は、一定以上の額の公的研究資金を得た研究者には、講演会などで研究内容を一般の皆さんに伝えることが推奨されています。私も主に、取材や講演会で研究について説明し、できるだけ多くの皆さんに正確な情報を発信するよう心がけています。しかし、「科学コミュニケーションは難しい」と感じることも多くあります。例えば、新しい研究成果を論文で発表した時です。記者説明会を開き、自分では正確に研究内容を説明したつもりなのですが、想像以上に大きく報道され、「患者さんに過度な期待を抱かせるのではないか」と不安に思うことがありました。

 さらに研究者は、科学技術が抱える課題についても情報を発信しなければなりません。iPS細胞の例を挙げると、「iPS細胞から卵子精子などの生殖細胞を作る研究や臓器を作る研究は、社会でどこまで許容されるか」について、市民と対話しながら合意を作っていく必要があるでしょう。

 バランスよく正確に情報を伝え、市民との相互理解を図る取り組みを進めるには、研究者だけでは限界があります。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は国際広報室という部署を設け、イベントを企画するなど、一般の皆さんとのコミュニケーションを進めています。また「上廣倫理研究部門」という部署では、市民に生命倫理に関する調査をして、その傾向を分析する研究もしています。

 研究者に代わってコミュニケーションを担う「科学コミュニケーター」も増えています。科学コミュニケーターは、大学院などで研究に携わった後、コミュニケーション能力を身に着けた専門家です。CiRAでも複数の科学コミュニケーターが活躍しています。

 CiRAに限らず、全国のさまざまな研究機関や市民団体が、科学について学べるイベントのほか、研究者や科学コミュニケーターと対話できる機会を設けています。多くの皆さんが、そのようなイベントに参加し、科学の可能性と課題について考える機会を持っていただければと思います。(京都大iPS細胞研究所所長、題字は書家・石飛博光氏)=次回は12月3日掲載

 ■人物略歴

やまなか・しんや
 1962年大阪府生まれ。87年神戸大卒。大阪市立大、米グラッドストーン研究所、奈良先端科学技術大学院大などを経て2004年に京都大教授、10年から現職。12年にノーベル医学生理学賞を受賞。
    −−「走り続けて 伝えることの難しさ 情報発信も研究者の仕事=山中伸弥」、『毎日新聞』2017年10月29日(日)付。

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