覚え書:「特集ワイド 利己主義ばかりのこの国で サラリーマン、酔って語るは政(まつりごと)」、『毎日新聞』2017年10月18日(水)付夕刊。


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特集ワイド

利己主義ばかりのこの国で サラリーマン、酔って語るは政(まつりごと)

毎日新聞2017年10月18日 東京夕刊

新橋駅ガード下の「羅生門」はサラリーマンらで満席だ=東京都港区で10日、根岸基弘撮影

 将来を託す衆院選の真っただ中、街場も政治談議で盛り上がっている。政界が建前の世界ならば、酒場は本音のるつぼだろう。サラリーマンの聖地、東京・新橋のガード下から取材を始め、会話に耳を傾けてみると−−。【鈴木梢】

ステーキ増税いいけど、煮込みはダメよ ファンのため全力、野球の方がずっといい
 JR新橋駅に近い、ガード下にある居酒屋「羅生門」は、終戦間もない1947年におでん店として創業した。以来、アーチ橋の下で明かりを絶やさず、癒やしを求めるサラリーマンの活力源となってきた。カウンターで肩を寄せ合う出張帰りの2人組は、35年来の常連という星川義幸さん(67)と、仕事仲間の上尾野辺(かみおのべ)明彦さん(59)。この日は上尾野辺さんの誕生日。コップ酒で祝っている。

 2人の隣に座り、名物の「煮込み」を注文しようと壁を見上げる。メニューの下には後から付け加えたように、「+税」と書かれた札が張ってある。

 すると、ご主人がポツリ。「5%のころはまだお客さんから税金をもらわず我慢していたんだけど、8%に上がった時はさすがに厳しくてね。外税にしたんですよ」。選挙では、消費税を10%に上げるか、凍結するかも争点の一つとなっている。

 星川さんが「国は借金だらけだから、消費税は上げていいんだよ。下手すりゃ20%だっていい」と切り出すと、周りから反論が噴出。それでも持論を展開し、「ステーキに消費税をかけてもいいけど、この煮込みにかけちゃ駄目だよ。ぜいたくできない人だって食べなきゃ生きていけないんだから」と続けた。

 上尾野辺さんが「でも卵とかしょうゆとか、それぞれ増税か据え置きか区別するのが大変だっていうじゃないですか。政治家は業界とくっついているからできないんでしょ」と返すと、既得権益にまみれた政治に義憤を覚える星川さんはこう言い放った。「しがらみがあって決められないというなら、俺が決めちゃうよ」

 「安倍1強」に審判を下すこの選挙。公示前、しがらみ政治を「リセットする」と息巻く政党が中心となって野党勢力が結集するかに思われた。

 「要は自民党も、モリ・カケ問題をリセットしたいから選挙するわけじゃないですか」。森友、加計(かけ)学園問題を話題にした上尾野辺さんは、電気設備の会社で営業部長を務める。「これから公共事業が増えないと困りますよ。建設業界は五輪需要が出始めているようですけど、うちの業界はまだですからね」。そう嘆くと、星川さんが「国のことを話しているんだよ。ちっちゃいねえ、考えが」とたしなめる。

 コップからこぼれた升の酒も飲み干すと、2人の口はより滑らかになった。

 思えば、芥川龍之介の小説「羅生門」は、災害に見舞われ飢餓に苦しむ社会を舞台に、「利己主義」とは何かを掘り下げた。現実に目を移すと「自分ファースト」の空気が世界を包み、この国の政治も自己都合と利害関係で動いているようだ。

 店内のラジオから、各党首が公約を訴えるニュースが流れてくる。「候補者は選挙の時しか顔を見せず、街頭に立ってお願いします、お願いしますと連呼するだけ。選挙は所詮、数合わせ。心改めて、国民の目を見て政策を語らなきゃ駄目だよ」

 熱弁を振るう星川さんは、髪を淡い緑色に染めている。「『小池カラー』じゃないよ。白髪だから染めてみただけ。65歳を過ぎてさ、介護保険料をたくさん払うわけ。でも、いざサービスを受けようとしたら、施設が足りなくてなかなか入れないっていうじゃない。施設不足と言えば、保育園もそう。政治家が待機児童ゼロを掲げても一向に実現しない。選挙に勝つために言っているだけだからでしょ」

 そう言えば、新橋に向かう途中に出会った2歳と0歳の子どもを連れた女性(35)も嘆いていた。今は育児や家事を1人で担う「ワンオペ育児」の真っ最中。取材の間も2歳の子どもの機嫌をとるため、スマートフォンでNHKの教育番組「おかあさんといっしょ」の動画を見せている。「正直、子育てに時間を取られ、新聞もニュースも見る暇がない。本音を言うと、投票に行くのがやっとです」

 子どもを保育園に預けられなければ、復職を諦めなければならない。その焦りは募っているが、政治の力を借りるのではなく、自分で解決するしかない問題だと感じている。

 「羅生門」で飲んでいると、政治と同じぐらい熱が籠もる話題があった。選挙戦と並行して進むプロ野球クライマックスシリーズ。上尾野辺さんは横浜出身で、今季セ・リーグ3位のDeNAの大ファンという。「今年こそ日本一」と鼻息は荒い。

 週末の14日、野球ファンがどれぐらい選挙に関心があるのか気になり、横浜に向かった。ファーストステージ初戦、DeNAは甲子園球場で2位の阪神と対戦。横浜スタジアムではパブリックビューイングが開催され、試合を中継するバックスクリーンに向かってファンが声援を送っている。

 日本シリーズ進出を懸けた決戦にただならぬ意気込みを感じるが、選挙と野球をてんびんにかけたとしたら、どちらが大事なのか−−。

 「そんなの野球に決まっているじゃないですか。国民そっちのけの政治より、選手とファンが一体になれる野球の方がずっといい」。宇都宮市から横浜に帰省し、スタンドに駆け付けた会社員の男性(44)は政治への期待はなく、投票には行かないつもりだという。

 川崎市に住む会社員の男性(45)は、冷めた目で政治をウオッチしてきた。「政治家は景気が回復したと言いはやしているけど、うちのような大手企業でも給料は上がっていませんよ。経済政策の恩恵を受けているのはピラミッドの頂点のごく一握り。どんなに志を高く正義感を持って働いても、その一握りにはなれやしない。そんな状況に嫌気が差している人たちが、この場所に幸せを求めて来るんじゃないですか?」

 だから、支持政党はない。「政治にはビジョンが見えない。政治家は国民のために動いているのではなく、どう見ても自分のため。でも、選手たちは、チームやファンのために全力を尽くしていますよ」

 若き日は高校球児。男性にとって、野球は今も夢を見せてくれるもの。DeNA4番の筒香嘉智(つつごうよしとも)選手のホームランはその象徴だ。「筒香の打球は他の選手とは違い、別格なんです。バットに当たった瞬間から弾道が鋭いからスカッとして、元気を与えてくれる。政治や企業のリーダーは相手を出し抜いたり、足を引っ張ったりするばかり。感動や活力を与えてくれる政治家はいるんでしょうか?」

 そんな諦めから、過去の選挙では投票に行っていなかった。だが、今回はそんな失望を投票に結び付けるつもりだという。

 投開票日は22日。政治は、夢や希望を取り戻せるのだろうか。
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