覚え書:「徴産制 [著]田中兆子 [評者]諸田玲子 (作家)」、『朝日新聞』2018年04月28日(土)付。

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徴産制 [著]田中兆子
[評者]諸田玲子 (作家)
[掲載]2018年04月28日

■男が子を産むのは荒唐無稽か?

 ひえーッ男が子を産む? 本書を読んで聞かせたら明治生まれの亡き祖母は卒倒したにちがいない。けれど、夢物語がいともたやすく現実になってゆく日常を目の当たりにしてきた私は、さほど驚かないだろう。たとえ結婚しようという男女が、どちらが子供を産むかでもめている光景を目にしたとしても。
 本書の舞台は2090年代の日本。悪性新型インフルエンザで若い女性の大半が死んでしまったため、国家の存続をかけて徴兵制ならぬ徴産制が導入される。若い男が2年間だけ女に性転換して子を産む制度だ。
 農家のショウマ、野心家の官僚ハルト、フリースクールの教師タケル、妻子持ちのキミユキ、実業家の片腕となって自由と平和のリバーランドの開園にかかわるイズミ。5人の男たちはそれぞれの事情から徴産男となり、女という異なる性を体験する。安らぎを見いだす者もいれば、これでもかと辛酸をなめる者もいる。が、悩み葛藤して、男女を超えた己のアイデンティティーを発見してゆく過程はいずれも感動的だ。
 荒唐無稽というなかれ。本作を、私はファンタジーとは思わない。ブラックユーモアでもない。これは未来の現実だ。
 笑って読み、ほろりとさせられ……とはいえ、この小説の凄(すご)さはその手腕だけではない。風刺が利いている。ショウマの郷里の過疎地は人口の1割が移民で、中国人が大規模農場を経営している。拉致されたタケルの悲惨な状況は、まさに戦時下の慰安所のようだ。徴産制に反対する集団は安保闘争からテロを経て無気力で従順な愛国民へ去勢されてゆく近代史を思わせる。現代への警鐘が随所にちりばめられている。
 死後、もう一度生まれて日本の行く末をぜひとも見たいものだと強く思った。さて、そのときは父親の腹から生まれるのか。AIの四角い箱のふたを開けて、オギャーと生まれるのだろうか。おお……!!
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 たなか・ちょうこ 64年生まれ。2011年に「女による女のためのR-18文学賞」大賞。著書に『劇団42歳♂』など。
    −−「徴産制 [著]田中兆子 [評者]諸田玲子 (作家)」、『朝日新聞』2018年04月28日(土)付。

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