覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 集団的自衛権に反対 命守るプロ 医師は立場を明確に」、『毎日新聞』2014年09月03日(水)付。

1_2




        • -

くらしの明日
私の社会保障

集団的自衛権に反対
命守るプロ 医師は立場を明確に
本田宏 埼玉県済生会栗橋病院院長補佐

 医師免許を取得して35年、外科医として数多くの患者の命と向き合ってきた。1989年から先進国で最も医師不足の日本で、人口当たりの医師が一番少ない埼玉県で勤務している。この間、外科手術が必要な救急患者だけでなく、手術後の患者の容体の変化などに遅滞なく対応すべく、若手医師を指導しながら夜間や休日も頻繁に病院を訪れた。患者はもちろん、家族にとってたった一つのかけがえのない命、365日24時間の緊張を強いられる日々だった。
 一人の命を救うことがいかに大変なことかを肌で感じる経験をしてきた立場から、今の政治の有り様が心配でならない。現政権が、戦争の放棄をうたった憲法9条をなし崩しにする「集団的自衛権」行使の限定容認を閣議決定したからだ。
 幸いなことに、集団的自衛権については、複数の自民党長老や元内閣法制局長官憲法学者、法学者、政治学者、さらには弁護士や宗教団体、有名芸能人まで含めた多くの識者から反対や懸念の声をが上がり、全国の200を超える地方議会で反対や慎重決議を求める意見書が採択された。しかし、大変残念なことに、国民の命を守る使命のはずの医療界からは、目立った反対の声が聞こえてこない。
 2009年10月に名古屋市で開かれた「患者の権利宣言25周年記念集会」で九州大の内田博文教授(当時)が「国策に奉仕する医療は科学の名に値せず、統治のための技術でしかない」「国家からの独立制の保証なくして科学も専門家も存在し得ない」「医療や医療提供者が国策に奉仕させられることは、国民の命が国策に奉仕させられることと同じだ」と警鐘を鳴らした。02年には欧米の内科学会が合同で「新ミレニアムにおける医のプロフェッショナリズム・医療憲章」を発表、三つの原則の最初に「患者の利益追求」として、医師は患者の利益を守ることを何よりも優先し、市場や社会、管理者からの圧力に屈してはならないとうたった。
 もし、このまま日本が集団的自衛権を行使することがあれば、他国の戦争に巻き込まれ、他国民と同時に日本国民の命も失われる危険性が高まる。加えて私が懸念するのは、防衛力増強という名の下、先進国最低の医療や社会保障予算に削減の圧力が加わることだ。未曾有の超高齢社会を目前にして、先進国最低レベルに抑制されてきた日本の医療費をさらに削減すれば、医療崩壊が決定的になってしまう。
 今こそ、日本の医師は、国民の命を守るプロフェッショナル集団として、集団的自衛権には反対の立場を明確にし、医療や介護体制の整備のために社会保障予算を増額するよう政府に要求すべき時だ。
患者の権利宣言 市民や弁護士らで作る「患者の権利宣言全国起草委員会」が1984年10月に発表した。患者が自らの意思によって最善の医療を受ける基本的人権を確立するのが目的。全6項からなり、個人の尊厳や知る権利。自己決定権などを掲げている。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 集団的自衛権に反対 命守るプロ 医師は立場を明確に」、『毎日新聞』2014年09月03日(水)付。

        • -

 






20140904_wed_kurasi

Resize2012

覚え書:「書評:「女子」の誕生 米澤 泉 著」、『東京新聞』2014年08月31日(日)付。

2_2


        • -

 
「女子」の誕生 米澤 泉 著

2014年8月31日


◆雑誌が追う大人な姿
[評者]千野帽子=文筆家
 今世紀、日本の女性ファッション雑誌(ハイファッションを扱うモード誌ではなく)の訴求対象は女性ではなく女子と呼ばれる。<腐女子><文化系女子><こじらせ女子>像ではなく、多種多様な<大人女子>像を本書は整理してみせる。
 <男性に媚(こ)びない「女子」と男性に媚びるための「女子力」。「現代用語」として市民権を得る一方で、「女子」と「女子力」のねじれ>が起きたという混沌(こんとん)に、女性誌流動性があらわれている。
 宝島社を中心とする<青文字系>雑誌が、同性受けする「個性的」なファッションを打ち出していく一方、保守的な<赤文字系>雑誌の版元光文社はリッチな<新専業主婦>のロールモデルを模索するなかで、<美魔女>像を通じて良妻賢母主義からじわっと逸脱していく。雑誌不況時代における平子理沙きゃりーぱみゅぱみゅ蜷川実花といったファッションアイコンも本書の分析対象となった。
 <サイレント・マジョリティ>=<ファッション誌の「女子」>の<声を代弁しなければ>との考えで書かれたそうだ。<声を代弁>するというのは「学問」から逸脱することを辞さない選択ではある。それでも《GLOW》誌の見出しを借りて<「100歳までハイヒールが履ける脚になる!」を本気で実現しようとする「五〇代女子」雑誌の出現が待たれる>とまで言い切る勢いは、やっぱり眩(まぶ)しい。
 (勁草書房 ・ 2808円)
 よねざわ・いずみ 1970年生まれ。甲南女子大准教授。著書『コスメの時代』。
◆もう1冊 
 馬場伸彦ほか編著『「女子」の時代!』(青弓社)。<女子><ガール>として定着した女性文化を多角的に観察。
    −−「書評:「女子」の誕生 米澤 泉 著」、『東京新聞』2014年08月31日(日)付。

        • -



http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014083102000167.html





Resize2013


「女子」の誕生
「女子」の誕生
posted with amazlet at 14.09.05
米澤 泉
勁草書房
売り上げランキング: 12,440

覚え書:「【書く人】明るいエロの開放感『秘宝館という文化装置』  北海道大特任助教 妙木(みょうき)忍さん(37)」、『東京新聞』2014年08月31日(日)付。

3_2

        • -

【書く人】

明るいエロの開放感『秘宝館という文化装置』  北海道大特任助教 妙木(みょうき)忍さん(37)

2014年8月31日
 
 性をテーマとした遊興空間、秘宝館。一九七〇〜八〇年代に全盛を極め、全国の温泉地周辺で少なくとも二十館を数えた。「おじさんがエッチな興味で行くところでしょ」。そんな思い込みを覆す、画期的な書物だ。ジェンダー(社会的性差)研究が専門の若い女性学者が、秘宝館を解剖し、社会的意義を考察した。
 性にまつわる土着の信仰や祭りは古来、存在する。だがここで取り上げるのは、あくまでも性のテーマパーク、商業娯楽施設としての秘宝館だ。その第一号は七二年十月に三重県伊勢市郊外にオープンした元祖国際秘宝館伊勢館。創業者はテレビCMで宣伝し、七六年の来場者は二十六万人を超えた。
 伊勢の秘宝館には、妊娠子宮模型などを展示する「保健衛生コーナー」があったが、それ以降に誕生した秘宝館からは消えた。代わりに娯楽性が強まった。
 観客がボタンを押すと、スーパーマン風の男性人形が女性と合体して空を飛び始める「性技の使者スーハーマン」。ラクダの上で男女の人形がギコギコと機械音を立てて交接する「アラビアのエロレンス」…。
 「男も女も一緒に笑える、明るいエロ。『脱力感』が最大の特徴といえるかもしれません」と妙木さんは語る。
 なんと、北海道秘宝館(札幌市)は女性客を初期からターゲットにした。パンフレットには「世界で初めての“おんなの遊園地”誕生!!」とある。女子労働力率の上昇や共働き世帯の増加など、時代の転換点が七五年から八〇年代初頭にかけてあった。それは秘宝館をつくった人たちが、余暇に旅する女性の存在に注目した時代と重なる。
 海外の性愛博物館と異なるのは、精巧な人体模型を使い、観客参加型の機械仕掛けを多用していること。当時、映画や舞台、遊園地などの装置製作で活躍した一流の技術者たちが、精魂込めて作り出した。
 「秘宝館と、秘宝館を作り出した人々を心から尊敬しています。性を隠微な世界に閉じ込め、ある意味で女性を性的な娯楽から排除してきた歴史を考えれば、これほど健全な施設はなかったかもしれない」
 妙木さんが研究を始めた二〇〇五年には七館あったが、今年に入り、全国最大規模だった佐賀県の嬉野武雄観光秘宝館が閉鎖。残るは二館となった。滅びゆく技術と文化を惜しみながら、記憶を継承したいと願う。
 青弓社・二一六〇円。
 (出田阿生) 
    −−「【書く人】明るいエロの開放感『秘宝館という文化装置』  北海道大特任助教 妙木(みょうき)忍さん(37)」、『東京新聞』2014年08月31日(日)付。

        • -




http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/kakuhito/list/CK2014083102000171.html





Resize2014


秘宝館という文化装置
妙木 忍
青弓社
売り上げランキング: 73,196

覚え書:「現代の起点―第一次世界大戦(全4巻) [著]山室信一、岡田暁生、小関隆、藤原辰史 [評者]吉岡桂子(本社編集委員)」、『朝日新聞』2014年08月31日(日)付。

4_2

        • -

現代の起点―第一次世界大戦(全4巻) [著]山室信一岡田暁生、小関隆、藤原辰史
[評者]吉岡桂子(本社編集委員)  [掲載]2014年08月31日   [ジャンル]歴史 
 
■今につながる起点、幅広い視点で考察

 ドイツ国境に近いフランス・ベルダンの丘で、双方の国旗がともに秋めく風にたなびいていた。100年前の夏に始まった第1次世界大戦の激戦地である。同時に、30年前には、両国首脳が手をつないで哀悼した和解の象徴の地でもある。1世紀の区切りの今年、訪れる人は例年より多いという。
 英仏などで第2次大戦以上の死者を出した欧州は、暗い過去を統合の「起点」となる踏み台にも用いる。これに対して、悲惨さも政治・外交の失敗も第2次大戦の記憶が際だつ日本で、第1次大戦を知る意味はなにか。
 そんな思いで、このシリーズを手にとった。共同研究を得意とする京都大学人文科学研究所が、異なる分野の研究者を集めて7年かけて仕上げた。
 貫く問題意識は、第1次大戦を欧州に限らず、米国やアジア、トルコ、中東まで世界のいまにつながる「起点」とすることだ。48人の筆者が国家や地域、社会、暴力のありようについて、大戦が変え、残したものを論じる。そのうえで、カネもモノも人の心までもが戦争へと動員される総力戦の姿を浮かびあがらせる。対象は移民や捕虜、銃後を支えた人々の生活、音楽や文学など芸術、医療、思想、宣伝と多岐にわたる。
 「あらゆる営みの蓄積が、国家指導部によって『労働力』と名付けられ、戦争へと回収」(第2巻)されていく「総力戦」の道行きを、山室信一・同研究所長はシリーズ総括でこう、書く。「国民統合という強迫観念にとらわれることにおいて国内における『敵国性』の排除へと突き進むものでもあった」。そして、「一体感を感じるようになった国民」が「次なる大戦を呼び寄せる」。
 第1次大戦が残した米国の覇権がゆらぎ、中国は列強に虐げられた過去への復讐(ふくしゅう)心のように軍備を増強している。既存の秩序がぐらつき、新たな「戦前」の懸念まで語られる。自らの内側に現れる戦争の気配に敏感でいるためにも、過去を知る重みは増している。
 いっぽう、日英同盟を理由に参戦した日本は、中国・山東省に攻め込んだ。ドイツから奪った利権の確定などを求めた「21カ条の要求」をのまされた5月9日は、中国で「国恥(こくち)記念日」と呼ばれる。日本がナショナリズムの向かう「主要敵」となった「転換点」(第1巻)だった。
 この大戦は、中国からみれば日中関係の「起点」でもあったのだ。政治も経済も人の流れも国境を越えて交わる時代には、正誤や善悪を求めるためだけではなく、違う立場や角度から歴史を考えてみる必要がある。かつてない幅広い視点で大戦を意味づけたこのシリーズは、その糧になるだろう。
    ◇
 岩波書店・各3996円/編者は4人とも京都大学人文科学研究所所属/やまむろ・しんいち 51年生まれ。法政思想連鎖史/おかだ・あけお 60年生まれ。西洋音楽史/こせき・たかし 60年生まれ。英国・アイルランド史/ふじはら・たつし 76年生まれ。農業史 
    −−「現代の起点―第一次世界大戦(全4巻) [著]山室信一岡田暁生、小関隆、藤原辰史 [評者]吉岡桂子(本社編集委員)」、『朝日新聞』2014年08月31日(日)付。

        • -


今につながる起点、幅広い視点で考察|好書好日





Resize2015