日記:この世界が異邦的であるということ

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 この世界が異邦的であるとは、だが、どういうことだろうか。それは、ひとつには、この世界のなかで<私>の存在がたんなる偶然にすぎないことだろう。私はどのみち、世界のなかで「異邦人」でありつづける。芸術作品は、この意味でも真理を語っている。子どもの私が目にした工業地帯の風景も、おなじ真実をあかしていたとおもわれる。
「あらゆる場所で世界の連続性に亀裂が生じている。個別的なものが、存在するという裸形において浮きたっている」。初期の著作のなかでレヴィナスは、そんなふうにも語っていた(『存在することから存在するものへ』
 私はなんらかかわりもない裸形の世界のただなかに、私もまた身ひとつの裸形で投げだされている。それは一箇の悲哀であろう。この世にあることの、底しれない悲惨でもあるようにおもわれる。だが、この悲惨ゆえに、他者へと私はひらかれるのではないか。
レヴィナスもじっさい、さきに引用した部分のすこしあとで、「存在することはそれ自体としては、世界のうちで一箇の悲惨である」と書いている。だが、とレヴィナスはつづける。「この悲惨さのうちに、私と他者とのあいだにはレトリックを超えた関係がある」(『全体性と無限』)。レトリックを超えるとは、さしあたり支配と暴力とを超え出るということである。レヴィナスのいうテクストは、私にとっては異様な魅力を湛えてうたってくるようになった。
    −−熊野純彦レヴィナス入門』ちくま新書、1999年、16−17頁。

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覚え書:「売れてる本 大人の科学マガジン―小さな活版印刷機 [編]大人の科学マガジン編集部」、『朝日新聞』2018年02月25日(日)付。


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売れてる本 大人の科学マガジン―小さな活版印刷機 [編]大人の科学マガジン編集部

売れてる本
大人の科学マガジン―小さな活版印刷機 [編]大人の科学マガジン編集部
2018年02月25日
■凹凸にうっとり、手間が形に

 ここ数年、活版印刷が人気だ。
凹凸のある、味わい深い名刺をいただくことも多くなった。この組み立て式の卓上活版印刷機が付録についたムックも、大変話題になっている。活版印刷の歴史や今の状況を冊子で知り、こちらも人気の「活版印刷日月堂」書き下ろし短編を読み、実際に自分の手で印刷機を組み立てて遊ぶことができる。過不足なく好奇心を満たしてくれる良い構成。わたしもSNSで刊行を知り、本屋さんに走った。
 活版印刷は、木や金属で作った活字を組み、それにインクを塗って紙に押しつけて印刷する。現在はフィルムに文字を写す写真植字、デジタル製版にすっかり取って代わられた往事の技術のはずだが、今また人気を集めている。活版印刷の魅力はどこにあるのか。素朴な味わい、作り手の個性、ノスタルジー、制約があるからこそ面白いデザイン?それを確かめるために、さっそくキットを開封する。評者はプラモデルを趣味としていることもあり、組み立て自体にはさほど苦労はなかった。ドライバーもついているし、各パーツが半透明なので構造がわかりやすい。模型に親しんでいない人にも容易だと思う。
 以前、活版印刷所で見せて貰(もら)った手キン(手フート印刷機)のひ孫のような、可愛らしい印刷機が出来上がった。何を刷ろうかワクワク考え、やはり最初は自分の名前にチャレンジすることに。活字台にゴムの活字を並べ、水で濃度を調整しつつインキを馴染(なじ)ませ、紙をセットして、ぐっと押し込む。おお、できた! 凹凸を伴った文字が紙の上に整列している様にうっとり。もう少し文字の間隔を調整してみよう、言葉も足して、インクも違う色がいいかな。夢中になって遊んでいるうちに、あっという間に時間がたっていた。机の上は紙だらけ、手はインクで色とりどり。苦笑しながらも、そうか活版印刷の魅力はこれか、と思った。時間と手間が形となって表れる、ものを作る喜びをあなたもぜひ。
 池澤春菜(声優・コラムニスト)
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 学研・3780円=3刷7万部 17年12月刊行。03年4月に創刊した「大人の科学マガジン」シリーズの45冊目。SNSで話題になり、発売前の段階で増刷が決まった。
    −−「売れてる本 大人の科学マガジン―小さな活版印刷機 [編]大人の科学マガジン編集部」、『朝日新聞』2018年02月25日(日)付。

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覚え書:「著者に会いたい ひねもすのたり日記(1) ちばてつやさん」、『朝日新聞』2018年02月18日(日)付。

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著者に会いたい ひねもすのたり日記(1) ちばてつやさん

著者に会いたい
ひねもすのたり日記(1) ちばてつやさん
2018年02月18日

ちばてつや=飯塚悟撮影

■冗舌に思い伝えられるのが漫画

 18年ぶりの新作単行本だ。青年漫画ビッグコミックに連載中の作品で、1回の分量は4ページ。「長編小説を書いてきたのが、俳句を書く人になったみたい。ときどき字余りになるけれど」
 東京で生まれたが、生後すぐに日本を離れ、終戦まで旧満州奉天市(現・瀋陽市)で育つ。過酷な引き揚げ体験が作品に出てくる。父の知人にかくまわれた屋根裏部屋で、弟たちのために描いた絵が漫画家としての原点だった。引き揚げ船の中で死者が続出。「人間って……かんたんに死んでしまうんだ」と思い知った。
 「戦争を体験した人間として、若い人たちに伝えといた方がいいのかなと思って」
 老いの日常も描かれている。病院に薬を忘れてきたり、散歩に出て道に迷い、家に帰れなくなったりする。「おバカな日常をうまく伝えたいと、描いては消し、描いては消し。でも、とても楽しいですよ」
 漫画家仲間との交友の場面も登場するが、ある人からは「苦情」も。「ちばちゃんは自分のことはかわいく描くのに、俺たちのことは憎らしく描く」
 自宅の応接間には「あしたのジョー」の大きなパネルが掲げられている。連載が始まったのは、ちょうど50年前。「体力的にも精神的にも追い詰められたが、充実していた。それまで漫画家と呼ばれても自信がなかったけれど、読者に認めてもらえて、この道しかないと確信した作品」と語る。
 当時、忙しい最中にファンの大学生たちが酔っ払って激励の電話をかけてきた。次々と電話口に出て、最後は教授や飲み屋の女将(おかみ)まで。「うれしいやら、困ってしまうやら」。いい思い出だ。
 「漫画って、紙と鉛筆があればいい。人間でも動物でも、楽しいのか悲しいのか、ひと目で分かる。私は本来、引きこもりで無口ですが、漫画だと冗舌に自分の思いを伝えることができる」
 来年、80歳。「その年齢に応じて感じたことを、頼りない線でもいいから描けたらいい。多分、生きている限り描いていると思いますよ」
 (文・西秀治 写真・飯塚悟)
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 小学館・1200円
    −−「著者に会いたい ひねもすのたり日記(1) ちばてつやさん」、『朝日新聞』2018年02月18日(日)付。

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覚え書:「著者に会いたい 保守と立憲―世界によって私が変えられないために 中島岳志さん」、『朝日新聞』2018年02月25日(日)付。

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著者に会いたい 保守と立憲―世界によって私が変えられないために 中島岳志さん

著者に会いたい
保守と立憲―世界によって私が変えられないために 中島岳志さん
2018年02月25日

中島岳志さん=相場郁朗撮影

■権力への歯止め、主体は「死者」

 「保守」と「リベラル」。対立すると思われている二つは、本来は他者との対話や寛容を重んじる価値観を共有し、親和性が高い。「保守こそリベラル」という政治学者としてのかねての視座から、この5年ほどの評論を中心にまとめた。ちょうど第2次安倍政権発足以降と重なるうえ、昨秋の総選挙で躍進した立憲民主党枝野幸男代表との対談も収めるなど、時事性を深く刻むことになった。
 「いわゆる〈保守〉の言論が、僕には保守に思えない。保守思想の正統をたどると、現政権とは全然違う風景が見える」と語る。
 保守とは何かを教えたのは、大学に入った19歳で読んだ西部邁氏の著書『リベラルマインド』だ。人間とは不完全なものという懐疑的人間観、経験に基づく知を重視し、納得しての合意形成こそ保守の醍醐味(だいごみ)−−若い頭にも「これには理がある」と思えたが、それでも「俺が保守?」と半年悩んだ、というのがほほえましい。
 「死者の立憲主義」という、第2章のタイトルが目を引く。保守思想では、死者もまた現在の社会の重要な構成要員なのだ。
 東日本大震災の直後、阪神淡路大震災を経験した自身の体験をもとに「死者とともに生きる」という文章を書き、被災地から驚くほどの反響があったという。「死者はいなくなったのではなく、死者となって存在している。生者には必ず死者と『出会い直す』時が来る。関係性が変わるんです」
 それを書いたことで、オルテガチェスタトンら保守思想家の死者論に目が留まり、いまは政治学の重要テーマと考え始めている。
 「『立憲』とは国民が権力に歯止めをかけるルール。現在の国民が民主的に選んだ権力者でも、暴走への歯止めが必要です。立憲の主体は、死者なんです」
 強権的な安倍政権に代わる選択肢の一つとして、「死者の立憲主義」を軸に置くのである。
 決定的な出会いをしたという西部氏には、亡くなる2週間ほど前に自宅に呼ばれ、別れをしてきたという。いずれ、西部氏とも「出会い直し」が訪れるだろう。
 (文・大上朝美 写真・相場郁朗)
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スタンド・ブックス 1944円
    −−「著者に会いたい 保守と立憲―世界によって私が変えられないために 中島岳志さん」、『朝日新聞』2018年02月25日(日)付。

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覚え書:「【論壇時評】小池都知事の捉え難さ 焦燥、動揺を見せる右派 中島岳志」、『東京新聞』2017年07月27日(木)付。

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【論壇時評】

小池都知事の捉え難さ 焦燥、動揺を見せる右派 中島岳志

2017年7月27日


 東京都議選の結果は、「都民ファーストの会」の圧勝だった。結党から間もない政党が、追加公認を含めると単独過半数まであと九議席に迫る大勝利をおさめた要因は、ひとえに小池百合子都知事の存在によるところが大きい。
 ただ、小池百合子という政治家を論じることには、常に困難がつきまとう。過去の発言や主張を追っても、政治理念や思想の一貫性を見いだすことが難しいからだ。日本社会のあり方についてのビジョンが不鮮明で、政局に合わせて揺れ続ける。政治的支持を取り付けたい相手に応じて、リップサービスをくり返すものの、具体的行動が伴わない。変節するということにおいては、明確な一貫性が存在する。
 実際、小池は政局を巧みに渡り歩いてきた。細川護熙小沢一郎、そして小泉純一郎。時の権力者・有力者に寄り添い、発言力を獲得して来た。その政治的嗅覚の鋭さを評価する人がいる一方で、その節操のなさに嫌悪感を示す人も多い。
 小池の政治行動や発言に対しては、左派/右派の双方から支持が表明される一方で、同時に双方から厳しい批判が向けられる。築地市場豊洲移転にいったん待ったをかけた行動には、左派の多くがシンパシーを抱いたが、一方で都知事選挙立候補の際には、右派的な歴史観を強く押し出す「新しい歴史教科書をつくる会」が支持を表明した。外国人参政権に反対し、歴史認識を共有することが支持の理由だという。
 都知事就任から約一年。小池は都議会第一党の座を手にし、支持勢力を含めると過半数を占めるに至った。安倍内閣への批判が高まる中、国民の不満の受け皿となって国政に進出することも取り沙汰されている。
 そんな中、焦燥と動揺を見せるのが右派論壇である。小池が味方なのか敵なのか、測りかねて混乱しているのだ。
 それを象徴するのが屋山太郎「ふくらんだ期待がしぼんでいる…」(『正論』8月号)である。屋山の期待は、小池が左派系労働組合の影響力を排除することにある。「日教組などとの悪(あ)しき癒着を断ち切ることで、東京都という単なる一自治体を超えた全国レベルの改革をする」ことが願いである。
 しかし、小池はなかなか要望に応えてくれない。風船を膨らませるのはうまいが、空気がすぐに抜けてしまう。そして、あろうことか安倍内閣の地位を脅かすような勢力になろうとしている。自民党の政治家のなかにも、関係を断ち切るべきだとの考えが広がっている。しかし、「教育改革」などでは安倍首相の「同志」であることは間違いない。何とか安倍内閣と連携し、都政改革を推進してほしい−。その切実な思いは論考のサブタイトルに端的に示されている。「小池よ、急げ 今ならまだ安倍と“共闘”できるぞ」
 一方、大田区議会議員の犬伏秀一が寄稿した「拝啓 小池百合子さま 『自分ファースト』になっていませんか?」(同)には、小池に対する懐疑の念がより強く示されている。犬伏が批判するのは、時の権力者に迎合しつつ地位を獲得し、一方で「敵」を設定することで大衆的支持を獲得しようとする政治スタイルである。当然、主義主張には一貫性がなくなり、公約は空転する。部分的には右派的主張を行うものの、明確な信念があるかがわからない。実行性にも疑問符が付く。「小池さん、単刀直入にうかがいますが、あなたは保守政治家なのですか。私はとても疑問です」
 『月刊Hanada』8月号の特集「小池百合子とは何者か?」には、『正論』よりも厳しい批判の論考が並ぶ。小川栄太郎小池百合子日本共産党」は、小池政治の特徴を「憎悪、空疎、破壊」であるとした上で、豊洲市場問題で共産党と連携したことを問題視する。小川の危惧は、小池のポピュリズム共産党と結びつくことで全体主義化することである。同誌に掲載された別の論考や対談も「共産党との共闘関係」を指摘し、危機感を鮮明にする。小池に対する警戒心は強い。
 以上のような右派論壇の論調も、小池自身と同様に揺れ続けている。お互いが政治的に利用し合っていることの証しだろう。
 右派内部の「敵/味方」論争から判然と距離をとり、小池の特徴を浮かび上がらせるルポが石井妙子「男たちが見た小池百合子という女」(『文芸春秋』8月号)である。小池を間近で見てきた有力者にインタビューをくり返すことで、小池の実像を描いている。結果、見えてきたのはスポットライトを浴びること自体が自己目的化する姿である。どこに行けば注目を集め、どうすればヒロインとして扱われるかを常に考える「女優」気質こそが小池の特徴であり、そのスタイルに「彼女自身も振り回され続けているのではないだろうか」と指摘する。的確な批判だ。
 私たちもまた、小池の気質に振り回され続けている。その実像をさらに分析する必要がありそうだ。
 (なかじま・たけし=東京工業大教授)
    −−「【論壇時評】小池都知事の捉え難さ 焦燥、動揺を見せる右派 中島岳志」、『東京新聞』2017年07月27日(木)付。

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東京新聞:小池都知事の捉え難さ 焦燥、動揺を見せる右派 中島岳志:論壇時評(TOKYO Web)