セネカの徳をめぐる議論






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 それゆえ、真の幸福は徳のなかに存している。この徳は君に何を勧めるであろうか。それは第一に、徳にも悪徳にも関係のないものを善とも悪とも考えてはならない、ということである。次に、悪に対抗するためにも善に従うためにも確固として立ち、それによってでき得るかぎり神を真似ることに努める、ということである。このような努力に対しては、徳は君に何を約束するであろうか。それは広大な、神の力にも等しいものである。君は何ものにも強制されず、何ものをも不足せず、自由であり、完全に守られており、傷も受けないであろう。何を試みても失敗することはなく、妨げられることもないであろう。万事が君の考えどおりに運び、何一つ反対なことは起こらず、期待や意志に反することも何一つ起こらないであろう。「では、どうか。幸福に生活するためには、徳だけで十分であろうか。」徳が完全で神のごときものであれば、それだけで、どうして十分でないだろうか。いな、むしろ十分過ぎるほどではないか。すべての者たちの欲望の圏外にある者が、一体何に不足するというのか。自分の一切を自分自身の内部に集中した者が、外部に何を必要とするか。しかし現に徳に達しようと努めている者にとっては、たとえすでに相当の進歩を遂げているとしても、今なお人間の諸問題で奮闘中ならば、そのような束縛、つまり浮世の鎖をことごとく解きほぐすまでは、或る程度は運命の支配も当然である。だから何の相違があろうか−−或る者はがんじがらめにしばられているが、他の者は手足を一緒に、あるいは別々にしばられているといっても。すでに上位に進んで、自分を一段と向上させている者は、引きずっている鎖も緩んで、まだ自由の身ではないとしても、すでに自由の目前に迫っている。
    −−セネカ(茂手木元蔵訳)「幸福な人生について」、『人生の短さについて 他二篇』岩波文庫、1980年、149−151頁。

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「徳にも悪徳にも関係のないものを善とも悪とも考えてはならない」という冒頭の一説が沁みる。

何にも関係しないものは善でも悪でもない。





⇒ ココログ版 [覚え書]セネカの徳をめぐる議論: Essais d'herméneutique





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