英雄の誕生ほど、自由と平等を疎外するものはほかにない。

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 フランスの監獄から逃げ出すことは非常にむずかしい。しかるに一囚人が、一八八四年か一八八五年かに、あるフランスの監獄から逃げ出した。非常線が張られて、それに近所の百姓どもまでが捜索に出たが、その囚人はうまく一日蔭れていた。そして翌朝は、小さな村のすぐ傍の、溝の中に蔭れていた。たぶん何かの食物と着物を盗んで、自分の着ている囚衣を脱ぎ棄てるつもりでいたのだ。こうして溝の中に蔭れている間に、村に火事が起こった。焔の中に包まれている一軒の家から女が走り出て来た。そして焼けている家の最上階にいる一人の子供を救ってくれと言って、死者狂いになって叫んでいる。誰も救いに行くものがない。囚人はその蔭れ家から出た。そして火の中に飛び込んで、自分の顔は焼けただれ着物は燃えながらも、無事な子供を抱いて来てその母に渡した。勿論、この囚人は、すぐに、その場に居合わした村の巡査に捕って、監獄へ引かれて行った。この事実はフランスのあらゆる新聞に掲載された。しかしこの囚人の放免を要求した新聞は一つもなかった。もしこの囚人が、他の囚人に殺されようとする看守を助けたのであったら、すぐにも英雄にされたに違いないのだ。しかし彼の行為はただ人情から出たことに過ぎなかった。国家的理想を進めもしない。彼自身もまた、それをもって、神の恵みで授かった天来の霊感だとは言わなかった。これだけのことでこの男は世間から忘れられてしまうのに十分なのだ。それで彼は、「国家の財産」すなわち囚衣を盗んだということで、たぶんその刑期を六ヵ月か十二ヵ月か増された。
    −−ピョートル=クロポトキン大杉栄訳、現代訳・同時代社編集部)『相互扶助論』同時代社、1996年、295−296頁。

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情勢論が優位な精神風土だけれども、情勢論にひっぱられてすぎると道を誤ることがおおいのも事実。

こういう時期だからこそ、きちんとしたロジックを守りながら、存在論を示していかなければならない。

英雄の誕生ほど、自由と平等を疎外するものはほかにない。

英雄とは、被支配者が従順に服従するようにと支配装置が捏造するものだからだ。




⇒ ココログ版 英雄の誕生ほど、自由と平等を疎外するものはほかにない。: Essais d'herméneutique




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