【覚え書】「文化 青年に薦めたい 内村鑑三『後世への最大遺物』 鈴木範久」、『聖教新聞』2011年3月27日(日)付。

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青年に薦めたい 内村鑑三『後世への最大遺物』 鈴木範久
失意の其処で読み、希望を胸に再起

日蓮を最初に世界へ紹介
 内村鑑三は、日蓮の人と思想を最初に海外に紹介した人物である。1894年(明治27年)に刊行した英文『代表的日本人』(原題 Japan and the Japanese)のなかだった。
 鑑三は、1861年(万延2年)3月に生まれた。ちょうど本年は生誕150年にあたる。青年時代にアメリカに渡り、帰国後、勤めていた第一高等中学校で「不敬事件」を起こし失職、苦難の生活が始まる。そのなかで『代表的日本人』が著された。そこに描かれている人物は、西郷隆盛上杉鷹山二宮尊徳中江藤樹日蓮の5人である。
 日蓮の部分は、この5人のなかで最後に位置し分量も一番多い。それだけ鑑三の思い入れの強い人物だった。
 日蓮の出家が16歳ならば、鑑三のキリスト教への入信も16歳である。日蓮が宗派への疑問を抱けば、鑑三も教派の存在に対して疑問を持つ。日蓮は鎌倉の仏教、鑑三は東京のキリスト教のあり方に、共に不満を見出す。日蓮は度量なる法難に襲われ、鑑三も信念により職場を追われた。
 鑑三が、日蓮の生涯のなかに人生の先駆を見出し、近代日本の日蓮たらんと志したのも不思議ではない。鑑三は、『代表的日本人』のなかで日蓮の強さのみならず優しさをも描いた。鑑三は、一見いかつい顔をしているが、その優しさのわかる書物を次に述べよう。

勇ましい高尚なる生涯を
 数多い鑑三の著作のなかで、宗教の別も信不信の相違も超えて広く愛読されている書物は、この『代表的日本人』と『後世への最大遺物(いぶつ)』の2冊である。良書はすでに日本の古典になっているといってよい。
 『後世への最大遺物』は、単行本としての刊行こそ1897年(明治30年)であるが、3年前の1894年夏、箱根で行われた講演がもとになっている。
 この点でも『代表的日本人』と『後世への最大遺物』とは、同じ年に生まれた双生児である。
 後者は、この美しい地球に生まれたからには、何も後世に遺(のこ)さずに逝(ゆ)くべきではない。では何を遺すか。教育か、実業か、事業か、文学か、思想か。それらの才能の無い人は何も遺せないのか。しかし、何も才能も無い人にもできる、ただひとつの道がある。それは「勇ましい高尚なる生涯」でえある。こう結ぶ鑑三の話を読んで、どれだけ多くの青年たちが人生の真の意味を見出し、勇気づけられたことか。
 鑑三は、『代表的日本人』のなかで、日蓮を、あいつぐ不慮の災禍と法難に出あいながらも毅然として立ち、人々に新しい教えと希望を示した人物として描く。
 同じように、みずからも、失職、国賊視、妻の死、生活難の渦中にありながら、青年たちに、だれにでも可能な意義ある生き方を語った。

幾多の人々が、座右の書に
 わたしの手元には、『後世への最大遺物』に励まされ、新たな息吹を吹きこまれた青年たちの話が、しだいに集まるようになった。
 大賀一郎正宗白鳥西田幾多郎矢内原忠雄大塚久雄、森敦、木下順三……。こうした人々が本書に出会って座右の書としたのは、無名の青年時代であり、まさに失意のどん底に喘いでいる最中だった。
 たとえば、腸チフスなどの伝染病に肉親と共に襲われる。やがて肉親を失う。生活難から遺された自分も学校を退学する。そのとき本書に接し、文字通り蘇生し、希望を見出す。同じような境遇の青年たちの話が実に多いのに驚かされた。
 今回、刊行した『近代日本のバイブル』(教文館)は、副題に「内村鑑三の『後世への最大遺物』はどのように読まれてきたか」とあるように、そんな青年たちの記録ともいえる。しかも「バイブル」のように、くりかえし読まれている。
 このなかには、のちの著名人もいるが、不登校の苦しみから、やっと再起したばかりの青年たちも含まれている。
 現代の青年にも、ぜひ薦めたい一書である。(立教大学名誉教授)
 すずき・のりひさ 1935年、愛知県生まれ。専門は宗教学、宗教史学。近著に『信教の自由の事件史』『中勘助せんせ』、訳書に『代表的日本人』など。
    −−「文化 青年に薦めたい 内村鑑三『後世への最大遺物』 鈴木範久」、『聖教新聞』2011年3月27日(日)付。

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学問の師匠の文章がありましたので、【覚え書】として紹介しておきます。

以下は関連エントリ。『後世最大の遺物』の一部を紹介しております。
⇒ 「いくら哲学書を読みても、われわれの信じた主義を真面目に実行するところの精神がありませぬあいだは」…… - Essais d’herméneutique









⇒ ココログ版 「文化 青年に薦めたい 内村鑑三『後世への最大遺物』 鈴木範久」 : Essais d'herméneutique



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