ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」






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 現代人のプロレタリア化の進行と、大衆の形成の進行とは、ひとつの出来事の両面である。新たに生まれたプロレタリア大衆は、現在の所有関係の廃絶を迫っているが、ファシズムはこの所有関係には手をつけずに、大衆を組織化しようと試みている。ファシズムは大衆に、彼ら自身を表現する機会を(彼らにふさわしい権利を、では決してなく)与えることが、自分の利益になると考える。大衆が所有関係を変革する権利をもっているのに対し、ファシズムは所有関係を温存しつつ、大衆にひとつの表現を認めようとする。ファシズムの行きつくところは当然ながら、政治生活の耽美主義化である。ダヌンツィオとともにデカダンスが、マリネッティとともに未来派が、そしてヒトラーとともにシュヴァービングの伝統が、政治のなかに道道と入場してきた。
 政治を耽美主義化しようとするあらゆる努力は、ある一点において極まる。この一点とは戦争である。戦争が、そして戦争だけが、従来の所有関係を保存したまま、最大規模の大衆運動にひとつの目的を与えることを可能にする。これは事情を政治の側から見た言い方である。同じ事情の側から見れば、次のような言い方ができる−−戦争だけが、所有関係を保存したまま、現代の技術手段をすべて動員することができる。アタリマエのことながら、ファシズムによる戦争賛美は、これらの論拠を用いてはいない。にもかかわらず、こうした点を一瞥しておくのは有益である。エチオピア植民地戦争に関するマリネッティの宣言文にはこうある。「二十七年前からわれわれ未来派は、戦争を美的でないとする意見に反対してきた。……したがってわれわれはここで確認する。……戦争は美しい。なぜなら戦争は、ガスマスクや威嚇用拡声器や火炎放射器や小型戦車によって、人間が機械を征服し支配する状態を樹立するからだ。戦争は美しい。なぜなら戦争は、人間の肉体を金属で被うという夢をはじめて実現するからだ。戦争は美しい。なぜなら戦争は花咲く野に、連発銃の炎という蘭を付け加えるからだ。戦争は美しい。なぜなら戦争は、銃火、大砲の連射、その合間の静寂、芳香と腐臭を、ひとつの交響曲にまとめ上げるからだ。戦争は美しい。なぜなら戦争は新しい公正、たとえば大型戦車、幾何学模様を描く飛行編隊、燃え上がる村々かららせん状にたちのぼる煙、その他たくさんのものを創造するからだ。……未来派の詩人と芸術家たちよ、……これら戦争の美学の諸原理を思い出せ。新しいポエジーと新しい造形をもとめる君たちの奮闘が、これらの原理によって照らし出されるために」。
 この宣言文には明快さという長所がある。その問題設定は、弁証法的に思考する者によって引き継がれるに値する。弁証法的に思考する者にとって、今日の戦争の美学は、次のような姿で表れてくる。生産力の自然な利用が、所有の秩序によって妨げられると、技術手段、テンポ、エネルギー源の増大は、生産力の不自然な利用を強く要求する。この不自然な利用の場は戦争に求められる。そして戦争がもろもろの破壊によって証明するのは、社会がいまだ技術を自分の器官として使いこなすまでに成熟していなかったこと、そして技術がいまだきわめてむごたらしい諸特徴を規定しているものは、巨大な生産手段と、生産過程におけるその不十分な利用とのあいだの齟齬(別の言葉で言えば、失業と販路不足)なのである。帝国主義戦争は、技術の反乱である。技術の要求に対して社会が自然の資源を与えなくなったので、技術はその要求をいまや<人的資源>に向けているのである。技術は電力設備を配置するかわりに、人力を軍隊というかたちで配置する。飛行機を行き来させるかわりに弾丸を行き来させる。そして技術はガス戦という、アウラを新しいやり方で消滅させる手段を所有している。
 「芸術は行われよ、たとえ世界は滅びようとも(フィーアト・アルス・ペレアト・ムンドゥス)」〔「正義は行われよ、たとえ世界は滅びようとも」というラテン語の成句のもじり〕とファシズムは言い、技術によって変化した感覚的近くに芸術的満足感を与えることを、マリネッティが表明しているように、戦争に期待する。これは明らかに芸術のための芸術(ラール・ブール・ラール)の完成である。人類は、かつてホメロスにおいてオリュンポスの神々によって見物されるものであったが、いまや自分自身によって見物されるものとなった。人類の自己疎外の進行は、人類が自分自身の全滅を題意球の美的享楽として体験するほどになっている。これがファシズムが進めている政治の耽美主義かの実情である。このファシズムに対してコミュニズムは、芸術の政治化をもって答えるのだ。
    −−ベンヤミン(久保哲司訳)「複製技術時代の芸術作品」、浅井健二郎『ベンヤミン・コレクション1 近代の意味』ちくま学芸文庫、1995年。

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すいません、息絶えました。。。。

入力だけしてコメンタリーできずorz。





⇒ ココログ版 【覚え書】ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」: Essais d'herméneutique