覚え書:「急接近:トーマス・コバリエルさん 日本で再生可能エネルギーは普及しますか」、『毎日新聞』2011年10月1日(土)付。



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急接近:トーマス・コバリエルさん 日本で再生可能エネルギーは普及しますか

 <KEY PERSON INTERVIEW>

 風力や太陽光で発電する再生可能エネルギーを日本で普及させることは可能か。スウェーデンのエネルギー庁長官を辞職し、ソフトバンク孫正義社長が設立した「自然エネルギー財団」の理事長に就任したトーマス・コバリエルさんに聞いた。【聞き手・乾達】

 ◇原子力よりコスト安い−−前スウェーデン・エネルギー庁長官、自然エネルギー財団理事長 トーマス・コバリエルさん(50)
 −−なぜ日本に来ることにしたのですか。

 ◆ 自然災害に原発事故が追い打ちをかける状況を見て、助けたいと思いました。日本には化石燃料原子力に代わり再生可能エネルギーを発展させる大きな潜在能力があります。そうすることでエネルギー自給率を高め、生活の安全を守り、経済の競争力も強化できます。

 それにスウェーデンでの仕事も順調で「20年までにエネルギー供給の50%を再生可能エネルギーでまかなう」という目標もあとわずかまで来ていました。

 −−日本の再生可能エネルギー普及をどう支援しますか。

 ◆ 国際的な専門家約100人のネットワークを築き、経験や知識を持ち込みたい。世界で最も成功している事例に学ぶのが近道です。太陽光発電は日本も優れていますが、ドイツや南欧が進んでいます。風力ならデンマークや中国、地熱はアイスランドバイオマススウェーデンを参考にすればいい。他にも送電網の運営や、協同組合方式での発電会社経営など日本の課題に適した情報を集め、普及までの時間を短縮したい。

 日本の産業技術があれば、低コストで収益性の高い発電事業は十分可能です。あとは知識と経験が必要ですが、自分でやって失敗する前に、他人の失敗から学べばよいのです。

 −−発電コストが課題では。

 ◆ 欧州では風力発電、太陽熱温水利用、バイオマスは既に価格競争力があります。投資コストは原発より安く、追加コストもほとんど発生しませんから。日本は金利が低く、資金調達コストが安いのが利点で、初期投資額の大きい風力や太陽光発電所は他国より競争力があるものがつくれるはずです。

 それに風力や太陽光発電所はつくればつくるほどだんだん費用が安くなっていますが、米国やフランスの原発はつくるほど高くなっています。安全基準を満たす費用が膨らみ、大型化で設備が複雑になっているためと見られます。福島第1原発の事故後、地震対策の基準が厳しくなり、非常用電源や冷却システム強化の要求が増えて世界中でコスト高になるのも確実です。

 −−風力や太陽光では供給が不安定になるのでは。

 ◆ 実際にエネルギー供給の50%以上を再生可能エネルギーでまかなっている国や地域があります。自由な電力市場では常に稼働するのはコストが一番安い電力です。風が吹けば風力、日が差せば太陽光が最も追加コストの安い電力です。需要がその供給量を超えれば、原子力や火力など値段の高い電力が使われます。常に発電できないのは原子力も同じ。風が吹くかどうかは天気予報である程度予測が可能ですが、原発の技術的トラブルは予測できず、1基止まっても代替が困難です。

 ◇自由な電力市場が必要
 −−停電が起きませんか。

 ◆ 電力網が広域に及んでいれば、どこかで晴れたり風が吹くので発電量の変動は吸収できます。日本には全国で融通しあえる態勢がないのが課題になります。欧州では国際的に電力網を接続する取り組みが進み、今後も巨額の投資が予定されています。送電網の強化で余分な発電所への投資が減らせ、供給も安定し、各国間の相互依存と協力にもつながります。

 −−日本は島国です。

 ◆ 問題ありません。スウェーデンは海を越えてフィンランドなど数カ国と電線を結んでいます。海底ケーブルは地上の電線より安く、許可を取る時間もかかりません。スウェーデン北部からバルト海を縦断して2000キロ離れたポーランドにケーブルを引く計画もあります。

 −−日本は電力会社が送電網も所有し地域独占しています。

 ◆ 独占は競争がある場合よりコストが高くなりがちです。スウェーデンでは15年前に独占状態だった発電と送電網の会社を分離し、完全に透明で競争のある自由な電力市場を作りました。われわれは送電会社と発電会社から2枚の請求書を受け取っています。どんな方法で発電した電気を買うかも選べます。こうした改革の結果、多くの企業が再生可能エネルギーに参入し、電気料金も3分の1程度に下がりました。

 製紙会社などでバイオマス発電に参入し、発電分が自社消費を上回り、電力を供給するようになった企業もあります。安い電力のおかげで企業のコストは大幅に下がり、競争力が高まりました。特に原油価格の上昇で他国の企業のコストがかさむ中、スウェーデン企業は電力販売で利益を増やしました。楽しい話だと思いませんか?

 −−再生可能エネルギーとビジネスは矛盾はしない?

 ◆ 逆に日本のビジネスの継続的な発展には、再生可能エネルギーが必要条件になると思います。化石燃料原子力では長期の成長は無理です。石炭などの資源を持つ中国が、風力発電所を何千基も建てているのはこのためです。もうからないなら成功しませんが、競争力は海外で証明済みです。

 ■ことば
 ◇スウェーデン再生可能エネルギー
 豊富な森林資源を生かしたバイオマス発電(木くずなどを燃やした熱を利用)や水力発電が盛んで、再生可能エネルギーがエネルギー供給全体(電力、燃料など)の45%に上る。電力供給に占める原子力発電の比率は以前は5割程度あったが、37%に低下した。

 ■人物略歴
 ◇Tomas Kåberger
 スウェーデン・シャルマーシュ工科大で修士号(物理工学)。バイオ燃料会社副社長、大学教授を経て08年からエネルギー庁長官を務めた。今年8月に長官を退任し現職。
    −−「急接近:トーマス・コバリエルさん 日本で再生可能エネルギーは普及しますか」、『毎日新聞』2011年10月1日(土)付。

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⇒ ココログ版 覚え書:「急接近:トーマス・コバリエルさん 日本で再生可能エネルギーは普及しますか」、『毎日新聞』2011年10月1日(土)付。: Essais d'herméneutique

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