覚え書:「ザ・特集:橋下・大阪府知事の政治手法 「ハシズム」とは?」、『毎日新聞』2011年10月13日(木)付。






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ザ・特集:橋下・大阪府知事の政治手法 「ハシズム」とは?


 ◇独裁か、決定力か、大衆迎合
 秋本番というのに、難波(なにわ)の街は暑かった。11月27日投開票の大阪市長選に、あの橋下徹大阪府知事がくら替え出馬を狙っているという。取材を始めると「ハシズム」なる聞き慣れない言葉が飛び交っていた。大阪で何が起こっているのか。【中澤雄大


 ◇主張実現目指し、大阪市長選くら替え出馬へ−−世論の支持なお6割/「教育への政治介入」識者ら猛反発

 3日、東海道新幹線に飛び乗った。向かった先は大阪市役所。先月19日に再選を目指し出馬表明した平松邦夫市長の定例会見を聞くためだ。
 「『橋下』主義と書いてハシズムと読む。自身の後援会で『独裁』であると言ったことから、ハシズム=独裁。いつかそう言われるだろうと本人も思っていたのでしょう」。在阪民放のアナウンサーを長年務めた経歴通り、平松市長は落ち着いたトーンで解説してくれたが、日ごろから橋下氏の激しい“口撃”にさらされているためか、次第に口調もヒートアップ。「大きなテーマを観測気球のように打ち上げて感触を探るのが地方自治にふさわしいのか、非常に危険だと思っていた」
 ハシズムという言葉がいつから出てきたのかははっきりしない。注目されるようになったのは先月17日、大阪市内で、山口二郎・北海道大教授や精神科医香山リカさんらが参加するシンポジウム「『橋下』主義を斬る」が開催されてからだ。
 翌4日、大阪府庁で橋下氏を直撃した。「独裁、ハシズムとの批判も出ていますが……」と問うと「自分の思っていることが何でも正しいわけではない。だが、やらなきゃやらないで『決定力がない』と言われ、やればやったで『唯我独尊』だと。どっちでも言われるなら、やって言われた方がいい。ハシズムとか言っている大学教授や有識者の話を聴いても、『なるほど』という意見は何一つない」。強気な橋下節は健在だった。


 両氏の衝突は、橋下氏が「廃藩置県以来の大改革」とする「大阪都構想」を掲げ、大阪市を「抵抗勢力」と名指ししたのが発端。春の統一地方選で、橋下氏が率いる地域政党大阪維新の会」が府議会で過半数を占め、大阪市議会でも第1党に躍進。勢いを駆って6月の府議会で公立学校教職員への「君が代」起立斉唱を義務付ける全国初の条例を成立させるなど、「強引」な手法が論議を呼んできた。
 一方で市議会では維新の会の提出議案がすべて否決され、「大阪都構想推進には、橋下知事を市長に」との主戦論が浮上。橋下氏は23日にも出馬を表明する見通しだ。同会は9月の府議会・市議会に、ダブル選での争点化を狙って教育基本条例案などを提出。しかし、「知事は学校が実現すべき教育目標を設定する」とした政治関与の強化や、同じ職務命令に3回違反した職員を懲戒免職にするなど強権的な内容に、「百ます計算」の実践で知られる陰山英男立命館大教授ら府教育委員6人中5人までが猛反発している。


 「学力向上のために自分で連れてきた教育委員と平気で仲たがいしてしまうなんてねえ」。こうため息をつくのは今春まで府市長会長を務めた倉田薫・池田市長だ。7月には「拝啓 大阪府知事 橋下徹様」と題する著作を発表、府と大阪市の協調を求めた。
 直近の世論調査で6割の高い支持率を誇る橋下氏。「まだフォローの風は吹いているけど、微妙な段階ですね。最大の間違いは大阪維新ですわ。内輪の政党を抱えて維新対その他の構図を作った。平松市長にちょっかいを出し過ぎたが故に、本音では出たくない市長選に出ざるを得なくなった。『こんなことばっかりして、大阪はどうなるんや? 橋下に期待したのはこれやったん?』と。そんな状態になって辞めるようなことにはなってほしくないですね」
 反橋下派市民が24日に再び開催するシンポジウムに参加するのは元文部官僚の寺脇研・京都造形芸術大教授だ。「ゆとり教育」の旗振り役だった寺脇氏は「なぜ4年の任期を務めないんですかね」と疑問を投げかける。特に問題視するのは教育基本条例案だ。「極めて違法性が高い。彼は『有権者から直接選ばれた。有権者の声だ』と言うが、08年2月時点の公約にはなかった。今度の選挙で信を問おうとしているが、これこそ教育の政治利用で最もとがめられる」と批判する。
 同じく教育への政治介入を懸念するのは、「街場の教育論」などの著作で知られる思想家、内田樹(たつる)・神戸女学院大名誉教授だ。「彼は善意でやっているんでしょう。でも、条例を導入して教育現場を上意下達的に再編成したら、教育は大失敗する。現場は大混乱し、残るのはイエスマンだけ。学力は劣化する。その時には彼はもういない。府政への責任をどう考えているのかな」。中でも次の条例案(第2条)に着目する。
 <グローバル化が進む中、常に世界の動向を注視しつつ、激化する国際競争に迅速的確に対応できる、世界標準で競争力の高い人材を育てること>
 「これは1970〜90年代くらいまでの世界観。教育はどんな状況でも生き残っていけるような力を高めていくこと。マーケットの動向と一緒に路頭に迷うような子どもを作るわけにはいかない。条例案は日本の未来を考えたら受け入れられない」
 やはり24日のシンポに参加予定の大阪市生まれの新進気鋭の学者、中島岳志・北海道大准教授(アジア政治)は「この10年、大衆の気分に大きく左右される世論(せろん)のカーニバル化が起きています。こういう状況が続くと、『誰がやっても一緒』といったシニシズム冷笑主義)が広がって、歴史的にも独裁者的な人物に一気に決めてほしいという救世主願望論につながりやすい。そうした土壌で出てきているのが橋下さん」と分析する。
 その上で「彼の政治手法はイデオロギーではなく、徹底した既得権益バッシング。そうして大衆的なものをすくい上げているが、公務員たたきの半面で非正規雇用者が増えたり、サービスが低下したりする。今度の選挙では、こうした“引き下げデモクラシー”の有り様を見つめ直すことが重要です」と語る。
 最後に日本政治の考察を続ける御厨貴・東大教授(日本政治史)の研究室を訪ねた。「彼はある種のポピュリストの典型で、鬱屈した気持ちの人たちに夢を見せている。吉本新喜劇のドタバタを好む大阪の風土にうまく乗っかった、『小泉劇場』の大阪版。しかも彼はそれを自覚し、メディアのことも上手に使えると思っている節がある」
 眉をひそめて教授は「でもね」と続けた。「今のように数頼みを続けると、どんどん過激な方向に進む。彼がオールマイティーで全部抑えられない時期が来ると思います。政治にはそういう怖さがある」
 帰路、電車の中づり広告に目をやると、小沢一郎民主党元代表の裁判の記事が。ふと、教授の言葉がよみがえってきた。
 「それもこれも、中央の人材払底、国の政治に夢がないからですよ」
    −−「ザ・特集:橋下・大阪府知事の政治手法 「ハシズム」とは?」、『毎日新聞』2011年10月13日(木)付。

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http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2011/10/13/20111013ddm013010024000c.html









⇒ ココログ版 覚え書:「ザ・特集:橋下・大阪府知事の政治手法 「ハシズム」とは?」、『毎日新聞』2011年10月13日(木)付: Essais d'herméneutique



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