私が当然ひき受けなくてはならない唯一の義務とは、いつ何どきでも、自分が正しいと考えるとおりに実行することである






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 けれども、無政府主義者を自称するひとたちとはちがって、一市民としての実際的な立場から意見を述べるとすれば、私は、ただちに政府を廃止しようといいたいのではなく、ただちにもっとましな政府をつくろう、と言いたいのである。ひとりひとりの人間に、尊敬できる政府とはどういうものかを表明してもらえば、そのことが、もっとましな政府をつくるための第一歩となるだろう。
 権力がいったん人民の手に握られたとき、多数者の支配−−それも長期間にわたる支配−−が容認される実際的な理由は、多数者がいちばん正しいと思われるからではなく、まして彼らが少数者に対していちばん公平であるようにみえるからでもなく、結局のところ、彼らが腕力においてはるかにまさっているからである。しかし、あらゆる場合に多数者が支配するような政府は−−正義の観念に対する人間の理解に照らしてみても−−とうてい正義に基礎を置いているとはいえない。多数者が、事実上、正、不正を決定するのではなく、良心がそれを決定するような政府−−多数者は便宜上の規則が適用できる問題のみを決定するような政府−−は、はたして存在し得ないものだろうか? 市民はたとえ一瞬間であろうと、あるいはほんのひとかけらであろうと、自己の良心を立法者の手にゆだねなくてはならないものだろうか? それならば、なぜひとりひとりの人間に良心があるのだろう?
 私の考えでは、われわれはまず第一に人間でなくてはならず、しかるのちに統治される人間となるべきである。正義に対する尊敬心とおなじ程度に法律に対する尊敬心を育むことなど、望ましいことではない。私が当然ひき受けなくてはならない唯一の義務とは、いつ何どきでも、自分が正しいと考えるとおりに実行することである。団体には良心がない、とはよく言ったものだが、良心的なひとびとの団体ならば、良心をそなえた団体である。法律が、人間をわずかでも正義に導いたためしなど、一度だってありはしなかった。いや、法律を尊敬するあまり、善意のひとびとすら、毎日のように不正に手を染めざるを得ないのである。
    −−ソロー(飯田実訳)「市民の反抗」、『市民の反抗 他五篇』岩波文庫、1997年、10-12頁。

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それが問題である!と批判することは簡単だけれども、代換え案とまで勇み足をしないまでも、理想的にはこうあるべきだよなというビジョンがないと、問題の指摘・批判というものは実際のところうまく機能しないンじゃないのかな?

そんな感慨を抱くことが最近多い。

先に代換え案の提示を「勇み足」と表現しましたが、問題が大きければ大きいほど、その代換え案なんてものはなかなかデザインできないことが殆どですからそのように表現しましたが、問題のある現状に対して具体的な代換え案でないとしても、全体としてはこういう「形」のほうが望ましいのじゃないのかな?と示唆することは誰にでもできるはず。

ここは同じように見えるかも知れないけれども、実は大きく違うと思う。
権力を批判することは簡単だ。しかし批判される側は代換え案を出せって切り返してくる……。しかし大体の場合、うまい代換え案なんてすぐに出てこないから、現状維持がGOサインされる。

しかし現状がよくないことはお互いに承知である……とすれば、個々の問題に対するアプローチだけでなく、全体としてのビジョン・形というものは、あたたかくしておくべきかも知れない。

個々の問題に対するリアクションが否定されればさるほど、人間は無関心・無感動を決め込んでいく。それは逆に言えば現状維持の構造の陥穽にはまっていくことにほかならない。

だとすれば、統治される人間として代換え案を模索するだけでなく、さらに一層深い人間そのものへの洞察から、すなわち「第一に人間でなくて」はならない次元から見直していくことも必要なはずだし、有効なはずだ。

現実に問題に拘泥すればするほど闇は深くなる。

もちろんそれは必要だし、無駄だとは思えない。

しかし、その問題に拘泥し、格闘する人間そのもの、そしてその人間の住まう世界そのものへの眼差しというのも同時に大事なはずだ。

「私が当然ひき受けなくてはならない唯一の義務とは、いつ何どきでも、自分が正しいと考えるとおりに実行することである」。

市民的不服従という概念に対してはじめてそれに「形」を与えたソロー(Henry David Thoreau、1817−1862)の思想と行動はそのひとつの理想かも知れません。

さて……。








⇒ ココログ版 私が当然ひき受けなくてはならない唯一の義務とは、いつ何どきでも、自分が正しいと考えるとおりに実行することである: Essais d'herméneutique


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