覚え書:「急接近:斎藤友紀雄さん 自殺者13年連続3万人超、なぜ減らない?」、『毎日新聞』2011年10月29日(土)付。






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急接近:斎藤友紀雄さん 自殺者13年連続3万人超、なぜ減らない?

<KEY PERSON INTERVIEW>

 民間ボランティアがさまざまな悩みを受け止める「いのちの電話」が10月、設立40年を迎えた。13年連続で自殺者が3万人を超えるこの国には、何が足りないのか。東日本大震災で家族や家を失った人たちの心をどう支えていくのか。斎藤友紀雄理事に聞いた。【聞き手・鈴木梢、写真・山本晋】

 ◇心の負担、解放する場を−−「いのちの電話」理事・斎藤友紀雄さん(75)
 −−いのちの電話が始まり40年を迎えました。これまでの活動を通じ、時代の変化をどのように感じていますか。

 ◆ いのちの電話がスタートしたのは1971年10月。戦後の歴史の中ではまだ自殺が少ない時期でしたから、当初は自殺予防を強調せず、「1人で悩まず、孤独な心にいのちの電話」をキャッチフレーズに活動を始めました。ちょうど高度経済成長期で、地方から都会へ集まった若者たちが「金の卵」と呼ばれ、彼らが抱く孤独に向き合うことを重視しました。

 ですから、最初の利用者は圧倒的に若い世代が多かった。10代と20代で半数ほどを占めました。ところが80年代に入ると、中高年の相談が徐々に増えて90年代までその傾向が続き、バブル経済がはじけました。98年には自殺者が一挙に年間3万人を超え、その傾向が現在まで続いている状況です。今は相談の中心が30〜50代です。

 −−06年に自殺対策基本法が施行され、政府も対策に取り組んではいますが、13年間、自殺者が3万人を下回りません。何が足りないのでしょう。

 ◆ 自殺対策という点で、私たちの活動には40年間にわたり「電話相談で何ができるのか」という批判や疑問がついて回りました。特に、医療の専門家からは「電話で自殺が防げるエビデンス(科学的根拠)があるのか」とよく聞かれました。しかし、精神科の医師がどんなに丁寧に治療しても、自殺を100%は防げない。精神科医1人で人の命を守るのは限界があります。臨床心理士や看護師など、多くのスタッフで患者を受け止めるシステムが必要なのに、まだ取り組みが広がっていない。

 「死にたい」と電話をかけてくる人の7〜8割は、すでに精神科で治療を受けています。未遂を繰り返している人もいる。では、治療を受けているのになぜ電話をかけてくるのか。私は治療後のケアが足りないからではないかと思います。とにかくつらく苦しい経験を口に出して、それを受け止めてくれるところが必要です。いのちの電話は、心の負担を解放する一つの場を提供し続けていると自負しています。

 −−時代とともに、悩みを聞く手段も変わってきているそうですね。

 ◆ 40年前、家庭の黒電話は玄関や居間に置かれていたため、相談してくる人たちは誰にも気づかれないよう、もっぱら外の公衆電話を利用していました。「もう10円玉がなくなったので」と電話を終えることもありました。80年代に入るとテレホンカードが一般的になって電話が長時間化し、90年代には携帯電話でどこからでもかけられるようになりました。

 そして07年からはインターネットでメールによる相談を受け付けるようになりました。東京のセンターで始まり、今では盛岡、仙台など六つのセンターで実施しています。慢性的な相談員不足もあり、返信できるまで数日から1週間かかってしまうこともあります。その一方で、利点もあります。相談してくる人が自分のつらい気持ちを文章にしていく過程で、気持ちを整理できることがある。電話相談は混み合ってつながらないことも多いのですが、メールは送信しやすい。自殺を口にする深刻な相談は、電話では全体の1割程度に対し、メールは全体の4割と高い。特に若い人たちの悩みに応えるにはネット相談が有効だと考えています。

 ◇被災者支援、長く続ける
 −−設立40年を迎えた今年は東日本大震災が起きました。そして震災翌月から自殺者が急増しました。

 ◆ 今年は3月まで自殺者数が前年を下回っていた。ところが、4月に入り一変しました。しかも被災地だけでなく、全国的にかなりの割合で増えたのです。

 日本中で震災のショックを共有したということなのでしょうか。日本人全体が動揺し、この国の将来に大変な不安を抱いた結果かもしれません。

 −−震災で家族や仕事、家を失った被災者からの相談活動も始めたそうですね。

 ◆ 震災後まず、3月28日から4月9日まで震災専用ダイヤルを設けたところ、1515件もの相談がありました。家族や家を失うという深刻な体験は自殺の最大の原因になる恐れがある。苦しみを早い段階からしっかり受け止めることが、自殺予防に重要な意味を持つだろうと考えました。この頃の相談では、精神障害を持つ人がとても大きな不安を訴えるケースも目立ちました。

 専用ダイヤルの2回目は、震災半年後の9月11日に始めました。震災発生から数カ月は周囲が騒然としていて、自らを顧みる余裕はない。しかし、時間がたつにつれ、家族を失ったことが大きな心身の負担となっていく。こういう時に自殺の危険を考えなければなりません。悲しみは時を追うごとに深く内面に広がってくるものなので、被災者への支援はできるだけ長く続けるつもりです。

ことば ◇いのちの電話
 1953年にロンドンで自殺予防の電話相談が始まったのを機に、日本でも71年、ドイツ人宣教師の提唱で東京に設立。全国50カ所のセンターがあり、研修を受けたボランティア相談員7500人が年間75万件の相談を24時間体制で受けている。相談方法はホームページ(http://www.find-j.jp/)に掲載。

人物略歴 ◇さいとう・ゆきお
 日本いのちの電話連盟理事。東京神学大卒。71年の相談活動スタート時からかかわり、77年の連盟設立後は常務理事などを歴任。日本自殺予防学会理事長。著書に「自殺危機とそのケア」など多数。
    −−「急接近:斎藤友紀雄さん 自殺者13年連続3万人超、なぜ減らない?」、『毎日新聞』2011年10月29日(土)付。

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⇒ ココログ版 覚え書:「急接近:斎藤友紀雄さん 自殺者13年連続3万人超、なぜ減らない?」、『毎日新聞』2011年10月29日(土)付。: Essais d'herméneutique




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