覚え書:今週の本棚:白石隆・評 『幻想の平和』=クリストファー・レイン著」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。




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今週の本棚:白石隆・評 『幻想の平和』=クリストファー・レイン著
五月書房・3990円

 ◇アメリカ、覇権追求の論理を検証する
 アメリカは、第二次大戦後、西半球を超えて、西欧、東アジア、ペルシャ湾地域で覇権(ヘゲモニー)を確立、維持することを大戦略としてきた。しかし、アメリカが将来、これらの地域で覇権を維持できる可能性は小さい。歴史は、覇権を追求すると必然的に自滅する、と教えている。それは一つには、覇権が常にカウンター・バランシング(対抗)を引き起こすからであり、もう一つは、帝国がその能力を超えて周辺に介入する「帝国の過剰拡大」をもたらすからである。では、なぜアメリカは西欧、東アジア、ペルシャ湾地域で覇権を求めてきたのか。それに代わるどのような大戦略があるのか。それが本書の問いである。

 なぜアメリカは西欧、東アジア、中東で覇権を求めてきたのか。本書はこれを国際システムにおける力の分布と国内政治のダイナミックスで説明する。アメリカは第二次大戦後、ソ連もふくめ、他のすべての国々と比較して圧倒的な力をもつことになった。また、アメリカはそれまでに、西半球で覇権を確立していた。こうしてアメリカは1940年代、西欧と東アジアと中東において覇権を確立する手段と機会を手に入れた。

 しかし、それだけでは、アメリカがなぜこれらの地域で覇権を求める行動をとったか、説明できない。それを説明するのがアメリカの「門戸開放(オープン・ドア)」である。門戸開放は、経済的には、国際的に開かれた経済システムを維持すること、政治的には、民主制と自由主義を世界に広めることを意味する。アメリカには、その政治経済システムを維持し、繁栄と安定を維持するためには、民主的で開かれた自由主義的国際秩序を世界に拡(ひろ)げていかなければならないというウィルソン主義的な考え方がある。これがアメリカの覇権追求の国内政治的衝動を生み出す。

 しかし、門戸開放は、結局のところ、アメリカの安全と繁栄をもたらすのではなく、「帝国の過剰拡大」をもたらす。その意味で、ウィルソン主義は、平和ではなく、「平和の幻想」をもたらすにすぎない。

 しかも、アメリカは将来、長期にわたって西半球の外で覇権を維持することもできない。アメリカの大戦略を支えた内的、外的条件が失われつつあるからである。第一に、新興国の台頭によって国際システムにおける力の分布は多極化していく。第二に、アメリカが「帝国の過剰拡大」の罠(わな)にはまっている。そして第三に、アメリカはその財政的・経済的制約からいずれ軍事的優位を維持できなくなる。

 では、どうすればよいのか。「オフショア・バランシング」が本書の答えである。その目的は、アメリカが国際システムにおいてもつ力の相対的位置に対応して、柔軟に、戦略的に、アメリカの行動の自由を最大限、確保することである。ではなにをするのか。アメリカは、東アジア、西欧、ペルシャ湾地域において、アメリカ中心の地域的安全保障システムを維持するのをやめる。その代わり、防衛の責任をそれぞれの地域の主要国家に移譲する。それは具体的には、たとえば東アジアにおいて、日米安保条約を破棄し、日本に海洋の安全、東シナ海における領土主権防衛、さらに核抑止の能力を提供するとともに、日本、韓国等、現在、アメリカの同盟国である国々がインド、ロシアなどとともに、潜在的な覇権国である中国とバランスするよう、促すことである。あるいは中東について言えば、アメリカは中東からの原油輸入依存を減らし、中東から撤退すべきである。

 わたしは、オフショア・バランシングがこれから10〜20年のうちにアメリカの大戦略になるとは考えない。それには二つ理由がある。その一つはきわめて単純である。本書はアメリカの大戦略の基本に「門戸開放」のイデオロギーと政策があることを示している。では、なぜ、門戸開放が近い将来、力を失うというのか。

 もう一つ、世界がこれから多極化に向かうことは疑いない。しかし、それでアメリカを中心とした世界秩序が終わるわけではない。かつて19世紀には、国際社会は、国家を超えた超越的権威がないという意味でアナーキー無政府状態)だったばかりでなく、主権国家の行動を律する国際的規範とそれを体現する制度も未成熟だった。しかし、21世紀の現在、世界には、アメリカの覇権下につくられたさまざまの制度と規範がある。新興国の台頭とともに、こうした制度と規範は変わっていく。しかし、なくなるわけではない。多極化するからアメリカは引くべきだということにはならない。

 わたしは、本書(原書)出版以来、大学院のセミナーで本書をテキストの一冊として使っている。国際政治について考えるとはどういうことか、本書の骨太の論理と格闘させることが、学生が成長する上で役に立つと考えるからである。決して読みやすい本ではない。しかし、アメリカの世界戦略について考えたい人には必読の書である。(奥山真司訳)    −−「今週の本棚:白石隆・評 『幻想の平和』=クリストファー・レイン著」、『毎日新聞』2011年11月13日(日)付。

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幻想の平和 1940年から現在までのアメリカの大戦略
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