「専制政治が悪いということから出発」しないとねぇ






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 また実際、主権のパラドックスを免れた民主的抑制の理論が展開できることを示すことは困難ではない。私の念頭にある理論は、いわば多数派支配が本来良いとか正当であるという教説から出発するのではなく、むしろ専制政治が悪いということから出発するのである。もっと精確に言えば、専制政治を回避しそれに抵抗しようとする決定、ないし提案の採用に基づくのである。
 というのは、統治の二つの主要な類型を区別してよいからである。第一の類型は、流血なしに――例えば総選挙で――排除できる政府から成る。すなわち、被支配者が支配者を解任できる手段を社会制度が与え、またこれらの制度が権力の座にあるものによって容易に破壊されないように社会の伝統が保証するのである。第二の類型は、被支配者が革命成功の場合を除いては――すなわち大ていの場合には全然――排除できない政府から成る。私は第一の型の政府の略号として「民主制」という言葉、第二の型には「専制政治」または「独裁制」という言葉を提案する。
    −−カール・R・ポパー(内田詔夫・小河原誠訳)『開かれた社会とその敵 第一部』未来社、1980年、129−130頁。

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民主主義に対する批判は、それを真理の実在という観点から、不完全として斥けようとするアプローチが多いけれども、おそらくそれはひとつの誤解なのかも知れません。

別に、民主主義を全肯定し、金科玉条のようにその橋頭堡を死守するぞってつもりは毛頭ありませんが、なぜそれを採用した方がいいのかってところは、突き放したような形であれ、理解しておいて損はないと思うんですよね。

要するにそれが採用される必然は、まさに「よりマシ」だから……ってところに収斂していくという事だけなんです。

だから、民主主義自体に文句をいってもしょうがないし、システムの不備や運用状況の問題をdisるだけdisって、ぶっ壊せというのは「早計」以外の何者でもありません。
※加えて、そのより「マシ」を活用するためには、絶えざる「たらしめる努力」が要求されることはいうまでもありませんがw

アマルティア・セン(Amartya Sen,1933−)が「選挙はとても重要な手段ですが、市民社会における議論に効力を持たせる方法の一つにすぎません」と指摘するとおり、投票箱や代議制でのみ民主主義というものを見てしまうと、形体論に囚われすぎて、「投票する機会とともに、脅かされることもなく発言し他の意見をきくことができる機会」という大切な実の部分を見失ってしまう。

たしかに問題は多いと思いますし、ここの事案に対しては対処していくことは必要であることは否定しません。

しかし、機能していないンなら、ぶっ壊せっていうのは乱暴だし、「専制政治が悪いということから出発」して見ていかないとマズイんだよな……と思う訳なのですが……ねぇ。

ここ最近、機能不全を理由に、声高が議論が容認されるような風潮が顕著だから、なおさらそう思ってしまいます。




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 確かに、選挙はとても重要な手段ですが、市民社会における議論に効力を持たせる方法の一つにすぎません。しかも、投票する機会とともに、脅かされることもなく発言し他の意見をきくことができる機会があれば、のことなのです。選挙のもつ効力も、その影響がおよぶ範囲も、公の場の開かれた議論の機会があるかどうかで決定的に変わります。選挙制度だけでは何としても充分ではありません。それは、スターリンソ連からサダム・フセインイラクにいたるまで、権威主義体制下の選挙で、独裁政権が驚くべき勝ち方をしてきたことで充分に証明されています。こうしたケースの問題点は、実際の投票行動で有権者が圧力をかけられることだけでなく、検閲制度、反体制派の弾圧、市民の基本的な権利および政治的自由の侵害などを通じて、公の場における議論ができなくなることにもあるのです。
 投票の自由をはるかに超えた、もっと広い見地から民主主義を見る必要性は、現代の政治哲学だけでなく、社会選択理論や公共選択理論などの新しい分野でもさかんに議論されています。こうした問題は政治思想と同じくらい、経済学の理論からも影響を受けます。議論を通じて意思決定をするプロセスによって、社会や個人の優先事項に関する情報は増えるでしょう。そうなれば、意思決定は社会的討議によって変化するかもしれません。公共選択理論の主唱者であるジェームズ・ブキャナンアメリカの経済学者〕が述べたように、「民主主義を『議論による政治』として定義することは、意思決定のプロセスで個人の価値観が変わる可能性があり、実際に変わることを意味する」のです。
    −−アマルティア・セン(東郷えりか訳)『人間の安全保障』集英社新書、2006年。

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